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11.21




「先輩!好きですっ!今何が欲しいですか!」


キラキラと目を輝かせて色黒の後輩を見上げる姿に思わず頭を抱えたくなった。
直球過ぎる上に行動が遅過ぎる。


「……スポドリ?」


驚きからか一瞬動きを止めるも、数秒考えて落とした回答は朝練を終えた今の思考が導き出す至ってシンプルな物でしかない。
唇を尖らせたって仕方がないだろ。お前が悪い。
頭を撫でる手にくすぐったそうに細められた目がぱちりとぼくのそれとぶつかったので、ばーか、音もなく呟いてやった。



***



「お前さ、ぼくが誕生日教えてやったの何ヶ月前だと思ってんの?」


頬杖を付きながらポッキーを摘むぼくに、数分前に数種類のポッキーを献上したがぷくっと頬を膨らませる。 てかこれ全部箱空いてんだけど。絶対十日前の残りだろ。


「だってぇ…。何あげたら喜んでもらえるかわかんなくって、まだ用意出来てないんですもん」
「何その在り来たりな理由。つまんない。却下」
「ひどい!真剣に悩んでるのにわたし可哀想…」
「散々情報流してやってんのに一向に踏み出そうとしない馬鹿の相手させられてるぼくの方が可哀想だろ。 そもそも本人に聞くにしてもあれじゃ意味ないし。何で言い直さなかったの?」


柾輝を振り向かせようと日々奮闘するに興味が湧いて、 それをはっきりと自覚してからはあいつに迷惑が掛からない範囲でちょっとした情報提供をしたり こうして話を聞いてやっている心優しい先輩に対してこの後輩は相変わらず感謝の意が足りない全然足りない。
今だってほら、既にぼくの物となったポッキーに何の断りもなく手を伸ばす。


「ちょっ!何叩こうとしてるんですか痛いじゃないですか!」
「当たってから痛いって言えよ」
「先輩手加減しなさそうだから絶対嫌ですう」
「よくわかってんじゃん」


にっこり笑って再び伸びて来た手に視線を落とせば、一瞬ぴたりと動きを止めてするすると逃げるように机の下に引っ込んだ。


「で?」
「…はい?」
「質問の答え」
「……何でした、っ嘘ですごめんなさい覚えてるんで叩こうとしないでください!」
、仏の顔も三度までって言葉知ってる?」
「知ってますけど先輩の場合一度目すらないじゃないですかー」
「は?」
「すみませんでした!!」


勢い良く頭を下げたの額が机とぶつかって音を立てる。ゴッ!あまりの衝撃に一瞬ポッキーの箱が浮いた。
ただでさえ馬鹿なのに自ら貴重な脳細胞を殺しにかかるなんて…。
赤くなった額を押さえたが恨みがましい目に涙を滲ませてじっとぼくを見上げるので、ばーか、音もなく呟いてポッキーを齧る。


「うぅ…椎名先輩はもうちょっと可愛い後輩を労わってくれても良いと思います」
「ぼくだって可愛い後輩はちゃんと労わるよ」
「…それって遠回しにわたしは可愛くないって言ってますよね?」
「遠回しじゃなくてド直球なつもりだけど?」
「せめてもうちょっと優しくしてくださいっ!」
「優しくしたくなるような謙虚さを身に付けてから言え」
「先輩よりは謙虚ですもん!」
「は?」
「すみませんでしたっ!!」


ガツッ!響いた音に今度こそ大きく溜息を吐く。


「ねえ、何で学ばないわけ?」
「……ばか、だから、かと…っ」
「泣くな馬鹿。ほらポッキーやるから」
「ありがとうございますうぅ」


袋からピンク色のチョコが掛かったポッキーを一本取っての口の前に差し出せばぱくりと飛び付いた。 もぐもぐと小さく口を動かす姿に何だか餌付けをしている気分だ。「んぐ」。 何か言おうとした口にもう一本押し込んで空になった袋をくしゃりと丸める。


「お前明日の放課後暇だよね?」
「、」
「今口開けたら殺す飲み込んでからにしろ」
「……、…もー、何でそう物騒なんですかぁ」
「ひ ま だ よ ね ?」
「暇です暇だからポッキー近付けないでください目に刺さるっ!」
「刺すわけないだろ」
「なら良いですけど…明日何かあるんですか?部活休みだから早く帰ってドラマの再放送観たいんですよー」
「へえ。サッカー部がミーティングの後に柾輝の誕生日会やるって言うからお前も一緒にどうかと思ったんだけど、 柾輝より再放送のが大事ならしょうがないか」
「……え?」
「耳が悪いの頭が悪いの?」
「や、あの、だって先輩の誕生日勤労感謝の日だから祝日で明後日で、…あれ?」


ぱちぱちと忙しなく睫毛を揺らして考えるようにきゅるりと視線を泳がせたは、 やがてさくさくとポッキーを食べるぼくに視線を合わせると説明を求めるようにじっと見つめてきたので 敢えて時間を掛けて咀嚼して、そろそろお茶でも飲んで口の中をさっぱりさせたいと思いつつゆっくりと口を開く。


の家は誕生日の日何食べる?」
「えっと、夕飯にハンバーグとかオムライスとかわたしの好きな物作ってくれて、ご飯の後はケーキ食べます」
「だろ?だから誕生日はあいつ部活終わったら急いで帰るんだよ」
「夕飯が楽しみで急いで帰るとか黒川先輩超可愛い…!」
「ちげーよ。楽しみにしてるのは柾輝じゃなくて柾輝んとこのちび」
「ちび…?あっ!双子ちゃんと弟くん!」


ぱちんと両手を打ち鳴らし目を輝かせたに返事の代わりに口角を上げる。
柾輝に双子の妹と弟がいるのを教えてやったのは誕生日を教えるより先だったか後だったか。


「ここで頭の悪いに問題。ぼくが態々お前にこの話をしたのは何故でしょう?」


新しく袋から引っ張り出したポッキーの先を向ければ、は「うえ?」と意味のわからない言葉を零してぱちぱちと瞬きを繰り返す。 相変わらず間抜け面。鼻先で笑って唇にポッキーを押し付ける。


がもうちょっと勇気を出せば、ぼくはそれなりの舞台を用意してあげるけど?」


二人を強引にどうこうしようなんて欠片も思ってないけど、距離を縮める手伝いくらいはしてやっても良い。
だって柾輝はを嫌ってはいないし、積極的に見えて消極的なは放っておいたら柾輝の誕生日プレゼントさえ用意出来そうにないから。

薄く開いた唇に邪魔にならないようポッキーを離す。
彼女は唇の熱で溶け出したチョコレートを舌先で舐めて、ゴチン、机に額を押し当てた。


「……痛い」
「馬鹿だろ」
「椎名先輩が優しいので夢かと思って…」
「殴ってやろうか?」
「暴力反対!…でも、ありがとうございます」
「それは全部終わってから言ってくれる?」
「へ?」
「勇気出したらって言っただろ。後で柾輝んとこ行くよ。一緒に行ってやるから自分で言いな」
「でーすーよーねーえ。でもサッカー部でお祝いするとこに混ぜてくださいとか流石に図々しくないですか!? そりゃプレゼントだけ渡してすぐ退散しますけど椎名先輩が誘われてるってことは他の引退した三年生も参加するって 事ですよね?わたし一人完全アウェー!」
「だからお前は柾輝に夢見過ぎだってば。あいつだって思春期の男だぜ?嫌いなやつはともかく、 女子に祝ってもらって嬉しくない男はいないよ。ま、が嫌われてたら終わりだけど」
「ぎゃー!怖い事言わないでくださいよ先輩のばかっ!」


ぎゃんぎゃん騒ぎ出したの口にポッキーを押し込んで黙らせる。
柾輝の前でもこれくらい喋れば良いのに。好きって言葉だけじゃ伝わらないものだってあるだろ。


「…、……」


頬杖を付く手のひらを唇に押し当てて吐き出しそうになった言葉に蓋をする。
いつまでも雛鳥のままじゃ困るんだよ。

彼女がもぐもぐと口を動かす度に揺れる左手を、そっと離した。




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→12.27



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2014年度テーマ「君と結ぶ」
11月21日(水)スペシャルチキン、勇気を出してみる(フライドチキンの日)

Special Thanks*みなさん
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「stray cat」のみなさん主催企画サイト「0419」の2014年度に提出させていただいたお話です。