1
06.29




「先輩!好きですっ!」


よくもまあ懲りないやつだ。
尻尾を振った子犬みたいにキラキラと目を輝かせる姿を眺めながら、胸の中に広がる感覚を押し殺し引き続き様子を窺う。


「おう、サンキュ」


何て事ないように返す言葉に唇を尖らせる様を見るのもこれで何度目か。
その顔だって丁度良い位置にある頭をぽふぽふと撫でれば一瞬で笑顔になるんだろ。
…ほら、またいつも通り。



***



「お前さ、毎回同じ手で流されてるのに何で学ばないわけ?」


頬杖を付きながらストローでカフェオレを吸い上げるぼくに、話を聞いてもらう代わりにと 数分前にこの紙パックを献上したがぷくっと頬を膨らませる。 両側から思いっきり押し潰してやろうか。


「だってぇ…。先輩に頭撫でられるの好きなんですもん」
「何その間抜け面。撫でられ過ぎていっそハゲろ」
「ひどい!わたし可哀想…」
「一切進展の見られない長話に付き合わされるぼくの方が可哀想だろ。そもそも何でぼくなの?」


ぼくと彼女の関係はただ同じ学校に通う先輩と後輩と言う、形式だけの薄っぺらいものだ。
間違っても休み時間に仲良くお喋りするような間柄ではない。断じてない。
それなのにこの後輩は貴重な十分休みに突如人のクラスまで乗り込んでカフェオレやるから話聞けときたもんだ。 ちゃんと相手をしてやる先輩の優しさにまず感謝しろ。


「そりゃあ、先輩の愉快な仲間たちの中で椎名先輩が一番まともに話聞いてくれそうだからですーう。 井上先輩とか絶対脱線するじゃないですか。わたしもそうだから困ります」
「ああ、お前らの会話いつも意味わかんないもんな」
「こないだなんて数学が難しいって話してた筈なのに気付いたらたこ焼きの黄金比熱弁されてました。超お腹空いた」
「…ばかなの?」
「頭は悪いです!」
「威張って言うことじゃねーよ」


溜息を吐けば「これでもどーぞ!」とチョコを渡された。おい何かぐにゃっとしたぞ。


「ポッケに入れといたら溶けちゃいました」
「それを何で人にあげた?」


はとにかく頭が緩い。こいつの頭の中には多分綿菓子で出来たお花畑が延々と続いている。
学年はぼくの二つ下、つまりこの春入学してきたばかりの未だピカピカのランドセルが似合う中学一年生。テニス部。 放課後になると只管球拾いをしていて、時々誰かがホームランを打ってグラウンドまで転がったゴム製のボールを 短い足をちょこまか動かして死にそうな顔で拾いに来る。何で運動部にしたの?

そんな彼女が、どういうわけかある日を境にうちの後輩に熱烈アタックをするようになって今に至るわけで、


「もー、人から貰った物にケチ付けないでくださいよー」
「付けたくなるような物押し付けないでくれる?」
「黒川先輩だったら「おー、さんきゅ」って言ってくれますもん」
「…何今の柾輝の真似?止めてあげなよ」


心持ちキリッとした顔で低い声を出したにげんなりと告げるも、 きゃっきゃと一人芝居を始めた彼女の耳には全く届いていないよう。 許せ柾輝。脳内お花畑の妄想は流石のぼくも止められない。
と言うかこいつ、クラス中の視線を独り占めしてる事に気付いてないんだろうか。ほらめっちゃヒソヒソされてる。
ぼくまで奇異な目に晒されるのはご免なので目が合ったクラスメイトにはどうしたんだろうねと肩を竦めておいた。

――それにしても、


「お前は柾輝に夢見過ぎ」


軽くなった紙パックを傾けてストローの先を向ければ、は「うえ?」と意味のわからない言葉を零して ぱちぱちと瞬きを繰り返す。だから間抜け面だって。今度鏡でも見せてやろう。


「告白だって最初にしっかり断られてんだろ?ま、あれもぼくらが一緒に居る時だったし最初から逃げ道作ってたみたいだけど。 あいさつ代わりの告白なら柾輝は笑ってくれる。けど、あいつが何も言わないからってお前の「好き」が迷惑じゃないとでも?」


酷い事を言っている自覚はある。
だけど俺の中の優先順位は変わらないし、に嫌われたところでどうってことない。

だから、もしもこいつが泣いて逃げ出すようならこの場で切ろうと決めていた。

こんなやり方は見た目に反して優しい後輩の本意ではないだろうけど、 これから益々忙しくなるって言うのにこんなことに一々構ってはいられないから。


視線の先で小さな頭が下を向く。 ああ、泣いたかな。こんなもんか。
あれだけ毎日好きだの何だの言ったって結局自分の事ばっかで相手の気持ちなんて考えてない。 そんな一人遊びなら、あいつじゃなくて他当たってよ。

すっかり冷めてしまった胸の中は、けれど持ち上がった瞳の色に一瞬で熱を取り戻す。…ああ、そうこなくっちゃ面白くない。


「わたしのやり方がずるいのはわかってます。わたしの「好き」が軽いのも、わたしが一番わかってます。 でも、だからこそ、毎日積み重ねて少しずつで良いから重みを感じて欲しい。 先輩とわたしの世界が違うまま、始まってもないのに終わりになんかしたくない」


涙を浮かべるどころかその瞳に静かな炎を揺らして真っ直ぐに俺を映す姿に、口の端がゆっくりと持ち上がる。

面白いと思ってたんだ。
確かに柾輝は良いやつだけど、あの一見近寄りがたい見た目や教師たちが囁く噂の所為で あいつを誤解してるやつは未だに多いのに、は一度だって柾輝に、一緒に居る俺たちに怯んだ事がなかったから。

胸の中にじわりと広がる不明瞭な感覚の正体が何かなんて、ほんとはとっくに察しが付いていた。


「その頭、思ったより悪くないみたいだね」


彼女の一挙一動は俺の好奇心を刺激する。
それに、フィールドは違っても何かに一生懸命なやつは嫌いじゃないんだよね。


「それで?具体的にぼくに何をして欲しいの?」
「え!協力してくれるんですか!?」
「頭の悪いやつの行動は見てて飽きないから」
「先輩前言撤回が早過ぎます!さっき悪くないって言った!」
「思ったより、ね。馬鹿は馬鹿だろ」
「あ、そっか」


は納得したように丸めた右手で左手を打つ。リアクションが古い。


「黒川先輩に振り向いてもらう為にもまずは自分磨きがしたいんで、手始めに先輩の女子力伝授してくださいっ!」
「よしきた歯ぁ食い縛れ」
「ぎゃ!暴力反対!!」


やっぱこいつただの馬鹿かも。
さっと両手で頭を隠したに、未来のぼくの苦労を思って取り敢えずデコピンをしておいた。 防御が甘いお前が悪い。




2
→11.21



--------------------------------------------
2014年度テーマ「君と結ぶ」
6月29日(金)星の王子様、現る(星の王子さまの日)

Special Thanks*みなさん
+++
「stray cat」のみなさん主催企画サイト「0419」の2014年度に提出させていただいたお話です。