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01.28




ちゃんって何でも出来てすごいね」


嫌いなのは言葉じゃなくて、言葉を素直に受け取れない自分自身。
何でも出来るわけじゃないよ。少しでも近づきたくて、精一杯背伸びしてるだけなの。
爪が割れて血が出ても、痛いなんて言えないの。だって、あたしが自分で選んだから。



***



翼の恋が恋ではなくなったのはいつだったかな。

嬉しくなんてなかった。ずっとずっと、玲ちゃんを好きでいて欲しかった。
そしたらあたしは、相手が玲ちゃんだから仕方ないって情けなくも笑えたし、 玲ちゃんみたいな人になれば、いつか翼が失恋した時、あたしの事を見てくれるかもしれないって、そう思えたから。

酷いあたしは、最初から幼い翼の恋が上手くいくとは思っていなかったのだ。


「なあ、あいつの好みってどんなだ?」
「…急にどうしたの?」


ベンチに座ってぼんやりとボールを追い掛ける彼らを眺めていたあたしに、休憩なのか隣に来た黒川くんが唐突に問い掛ける。 視線を辿れば「あいつ」が誰なのかはわかるけど、一言に「好み」と言われても漠然とし過ぎて回答に困るなあ。
そんな意味を込めて首を傾げると、彼はちょっとだけ考えてから「女」と短く告げた。


「どんな人がタイプかって事?」
「あぁ」
「……綺麗で頭が良くて余裕のある人。って、ずっと思ってたんだけど、今はわかんないや。黒川くんはどう思う?」
「…面白くてどっか抜けてるやつ」
「成程。うん、確かに翼って面白い人好きだよね。世話焼きなとこもあるからつい手を貸したくなるのかも」
「あんたはどっちも違うのに過保護だよな」
「昔から優しいお兄ちゃんだから。…でも、」
「でも?」
「ちょっと女の子に怒られそうな事言って良い?」
「どーぞ。俺男だし」
「ありがと」


膝から落ちそうになったコートを直しながら、あたしにこれを預けて走り回っている姿に思わず眉根を寄せる。
しっかり着込んだ上にマフラーをぐるぐるに巻いて手袋をしててもこんなに寒いのに、よくあんな薄着で居られるよね。 座っているのと動いているのとでは違うってわかっていても、見てるだけでこんなに寒い。


「優しくされると寂しくなるの」


もこもことした両手ですっかり冷えた頬を挟む。
前を向いたままのあたしは黒川くんがどんな顔をしたかなんてわからないけど、 ふわり、視界に映り込んだ白に、彼が笑った事だけはわかった。


「確かに怒られそうだな」
「でしょう?でも、そうなんだよ。壁作られてるみたいな気分になる」
「…だから、「興味ないから優しい」なんて言ったのか」
「あ、そう言えば黒川くんあたしが授業サボったって言い付けたでしょ?」
「保健室で会ったって言っただけだぜ?」
「うそつき」
「正直に言ったら俺が怒られるもんで」


何て事ないように話を続けるあたしに合わせて軽い調子で言葉を紡ぐ彼は、 あたしの胸の中が絵の具を洗った水バケツみたいな色になっていると知っても笑ってくれるだろうか。

顔も態度も簡単に繕えるのに、心だけはそうもいかない。

いつだってあたしの心は劣等感と嫉妬でぐちゃぐちゃだ。
今だって両手で口を押さえていないと全部吐き出してしまいそう。 …黒川くんを困らせたいわけじゃないから、言わないけどね。


「柾輝!交代!」


響いた声に隣に座っていた彼が立ち上がり、その背中が遠ざかる。
代わりに近づいてくる姿から逃げるように顔を覆ったけれど、「?」。再び隣が埋まったと同時に名前を呼ばれては隠れてなんかいられない。


「何してんの?」
「顔寒いから温めてた」
「っそ。何か飲む?」
「大丈夫。コート着る?」
「平気」


あたしとしては着て欲しいけど、汗掻いてるしまだ必要ないのかな。

都選抜があるからか部活を引退してからも翼はよく練習代わりにこうしてフットサルをするし、 時々部活に顔を出して練習に混ざっている。
勿論、ただサッカーが好きだってのもあるだろうけれど周囲が受験モードでぴりぴりしていても 翼は相変わらずサッカー中心で、来月は選抜の試合で韓国に行くらしい。
翼の場合勉強面に心配がないから良いけど、他の三年生はきっと大変だろうなあ。
そう考えると畑くんは選ばれなくて良かったのかもしれない。勿論口には出さないけど。


「最近柾輝と仲良いの?」
「え?…会ったら話すけど、翼が部活引退してからは会う機会減ったから、 そういう意味では前のが仲良かったんじゃないかな?」
「ふうん」


軽い相槌を打つ翼に急にどうしたのかと首を傾げる。
話す回数なら学年の違う黒川くんよりもクラスは違えど顔を合わせる機会の多い翼の方が断然多いけど、 仲が良いのかと聞かれれば、たぶん、そうでもない。

だって翼は、あたしに素を見せない。

どれだけ優しくされても嬉しいと思えないのはつまりそういうことなのだ。
好きな人があたしにはとびきり優しいのに、あたしはそれが寂しくて堪らない。


「仲良くない柾輝には何でも話すのに、小さい頃から知ってるぼくには何にも言ってくれないんだ?」


………いま、彼はなんと言った?

全身が凍り付いたように動けない。頭が回らない。
固まったあたしの手をそっと掴んだ翼は、小さく笑ってそれを自分の頬へ押し当てた。


「……なに、してるの?」
「温かいなと思って」
「コート着る?」
「いらない」


手袋越しに彼の唇があたしの手のひらに触れ、じんわりと広がる温度に涙腺が弛んでしまいそう。 だって、なんて顔をするんだろう。 今まで一度だって、そんな顔をあたしに向けた事はないのに。やめて。勘違いしそうになる。


がもっと馬鹿なら良かった」
「、え?」
「だってそうだろ?これ以上ないってくらい優しくしてもすぐ難しく考える。 大人しく甘やかされて、ぼくがいなきゃ何にも出来なくなっちゃえば良いのに」


細められた大きな目がどこか意地悪く揺れた。
こんな翼、あたしは知らない。思わず逃げ出したくなったけど掴んだ手がそれを許さない。


「俺はずっと、を俺なしじゃ生きられないようにする為に特別優しくしてたんだよ。 …それなのに「興味がない」とか「寂しい」とか、あーあ、俺って可哀想」
「、なんで、それ」
「どっかのお節介が教えてくれた」


恨むぞそこの黒い人!
ボールを追い掛けている後輩に向かって届かないとは思いつつ念を送るも、「」。名前を呼ばれて思考を飛ばす事も許されない。


は馬鹿じゃないからこれだけ言えばわかるよね?」
「…玲ちゃん」
「とっくに違う。気づいてただろ」
「一年の、」
「馬鹿は趣味じゃない。怒るよ?」


強い口調に肩が震えた。
だけどそんなあたしを落ち着かせるように手袋越しに重ねた手の親指がそっとあたしの指を撫で、 反対の手が真っ直ぐあたしの頬に伸びる。


「あれ?思ったより冷たくないじゃん」
「……いじわる」
「されたかったんだろ?」


笑った顔が愛しくて視界が下からぼやけて行く。
吐き出す息は白いのに今にも溶けてしまいそう。

翼はあたしを馬鹿じゃないって言ったけど、違うよ。あたしは大馬鹿者だ。
だって、こんな目で見られるまで彼の優しさを誤解してたんだもん。


「好きだよ、


此処がどこかわかっている筈なのに恥ずかしげもなく頬に添えたあたしの手に唇を寄せた翼に、「すき」。 抑えきれない感情がぽろぽろと溢れ出す。


「すき、すき。だいすき」
「うん。やっと捕まえた」


重なった白い息にまた一つ、じわりと滲んだ感情を親指が拭った。





end
7 months ago



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2014年度テーマ「君と結ぶ」
1月28日(土)君の逸話を知るただ一人の存在(逸話の日)

Special Thanks*みなさん
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「stray cat」のみなさん主催企画サイト「0419」の2014年度に提出させていただいたお話です。