蝉の声が止まない。頭の中をぐるぐると回る音。
もしかしたらあいつらはぼくの耳の奥に住んでいるのかもしれない。
はやく、はやくと掻き立てる。腹の底から振り絞った、声


「英士くん?」


彼女の声はとても静かだ。それなのにやけに響いて、切ないくらい胸を締め付ける。
この感覚は一体何なんだろう?
声に出さない問い掛けに答えが返るわけがない。


「大丈夫?一度建物の中に入ろうか」


ひっそりと顰められた眉から窺える彼女の胸の内は、きっとこの暑さでぼくが参っていると思ったのだろう。
大きく外れてはいないけれど、ぼくはしっかりと首を左右に振った。
ぼくの答えに彼女は少しだけ頭を傾けて、そうしてほんの少し口許を和らげる。
…ああ、どうやら頭の中を読まれたようだ。
何となく居心地が悪くなって不自然にならないように目線を落とした。

カラカラに乾いた地面に二つの短い影。
それを覆う濃さの違う大きな陰にはぼくを急かす喧しいやつらが乞うように鳴き喚く。
じりじり、じりじり、いっそ頭の中まで焦げてしまいそうな――。


英士くんはあんまり、こう、夏!ってイメージがないよね。 暑さに負けじとサッカー頑張ってるのは知ってるよ?でもさ、なんだろうなー。 英士くんは赤と青なら青、太陽と月なら月、犬と猫なら猫なの。…うん、まあ最後のはちょっと違うか。 とにかくっ!大人びてるからってのもあるけど静かーなイメージだから、お姉さん的には賑やかな夏よりは物静かな冬かなーって。 …ふふっ、確かに張り切って雪遊びしてるイメージもないけどね。 そうだ!来年の夏はもっと夏らしいことしようか?えー。だってサッカー以外で汗だくになる英士くん見たいんだもん。 だーめ、約束。ゆーびきったー、っと。楽しみだね、


ふ、と 頭の上に影がのる。同時にふわりとひだまりの匂い。彼女の、におい。


「少し大きいけれど我慢してね」


日に焼けた麦わら帽子は決してオシャレではないけれど彼女に良く似合っていた。
それが今はぼくの頭をすっぽりと覆う。
何だか上手く匿ってもらったみたいだ。遠ざかる声に熱い息を零す。


さんもいつかはいってしまうね」


声に出した疑問符のない問いは、答えを求めていないようで、だけど何よりも望んでいた。


「…うん、そうだね」


彼女の静かな声は渇いた躯に一滴の雫を落とす。
切望していた筈のそれはあっという間にぼくの中に溶けて、ふわりふわりと耳の奥をたゆたうのだ。






八月、止まない声



それは歓喜にも絶望にも似て、







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続、小学生英士くんと不思議な関係。