閉じた世界 閉じる世界 そして、 閉ざされた箱庭 自由になりたい―と、彼は云う 彼ほど自由な人はいない。と、ずっと思っていた。 けれど彼は、自由になりたいと言ったのだ。たった今、わたしの隣で 「藤代は――、」 続く言葉が見つからずに向けた視線を落としてしまう。 こっちを向いてほしいのに、わたしを見てほしいのに、どうしてわたしの口は言葉を閉ざしてしまうんだろう。 続きを促すこともなく、彼は真っ直ぐと前を見たまま笑うのだ。それは、いつもどおりの完璧な笑顔 縦横無尽に駆け回る足も、他愛もないことで笑う声も、強引にでも欲しいものを引き寄せる手も、 ――全部、持っているじゃないか。 持っていると、思っていた。少なくともわたしは。いや、彼を知るほとんどすべての人は、きっとみんな思っているよ。 こんなにも神に愛された人がいるのかと、人に、サッカーに、愛されるべくして生まれた人なのだと ずっとずっと、そう思っていたんだ。だってそうじゃないか。いつだって、彼の周りには笑顔が溢れている。 その中心にいる彼だって、いつだって惜しみない笑顔を振りまいていたじゃないか。 「……嘘つき、」 「…うん、そうかも」 そんな顔で笑うな、ばか。 「泣かないでよ、俺が泣かせたみたいじゃん」 「―ッ、泣いてない」 「だって嘘つきだ」 「知ってる」 「……へへ、一緒だな」 「藤代と一括りになんてされたくない」 ぐすん、抱き寄せた膝に顔を埋めて それでも耳だけは研ぎ澄まして 気づかなかったことが悔しい。気づけなかったことが悲しい。気づかせてくれなかったことが淋しい。 誰よりも自由だと思っていた彼は、誰よりも不自由だという真実 わたしがこう思うこと自体、彼を縛り付けている原因の一つだ。 自由に羽ばたこうとする彼の翼が開いてしまわないように掴んで、駆け出そうと前に出る足を縫い付けて、 言葉一つで縛り付ける。表情一つで縫い付ける。 そして彼もまた、自分の気持ちを偽って笑顔を貼り付けて止まるのだ。 こうあってほしい、こうありたい、こうでなければならない、 他人のすべてを受け入れようとするくせに、自分のすべてを笑顔一つで隠してしまう。 彼自身のことなのにまるで他人事のようだ。ひとの色に染まりきってしまった 閉鎖的な空間の中で窓の外の色に焦がれるだけで目を閉じる。 閉ざしたのは、彼の心――? 「――藤代は、ばかだね」 「うわ、ひっでぇ!」 どうせ今も笑っているんでしょう?いつもどおりの完璧な、他人が望む「藤代誠二」という顔で 今となっては抜け出せなくなってしまった部屋の中で外から聞こえる声に笑って応じることに馴染んでしまったかのように。 人懐こい笑顔で騙していたのはきっと―― 「ばかで嘘つきだ。大嘘つき」 「そーかな?俺ほど正直なヤツっていないと思うんだけどなあ」 「どうせならもっと上手い嘘つきなよ。さっきみたいに」 「……あれ?気づいてた?」 彼はその笑顔一つで自分自身を騙してしまうから、わたしも騙されてやろうと思う。 どうせならとことん付き合おうじゃないか。同じ嘘つきとして、わたしの隣で音もなく泣いている、不器用で優しい正直者に 「わたしに嘘つくなんて10年早いんだよ、ばーか」 だって、二人なら怖くないでしょう? いつまでも閉じ籠ったままではいられないからせめて、開かなければならない いつかが来るまでは隣に そのときが来たら、一緒にここから飛び出してあげるよ。――だから今は、きみと二人で ――――――――――――――― 自由を望みながら自由になりたくない臆病者 若菜くんでも良かったんだけど、やっぱり藤代くんかなぁ。 明るいのと暗いのが極端すぎるのはこの二人だと思う。そして私は夢見すぎ。 周りの目を気にしていないようで、実は誰よりも気にしているかもしれないよ、というお話。 |