「こうやって俺を捕まえてどうするの?」

そう尋ねると、彼女はいつもと同じように笑う。

「どうもしないよ」



くの空にきみを見た




春がきて夏がきて秋がきて冬が来る
季節が廻るのは当然のことで、今は冬だ。

廻りめぐって繰り返す。それは季節だけじゃなくて、何の変哲もない日々を繰り返すのもまた同じ。
だからと言って非日常が訪れればいい…なんてこと、俺が思うはずもないけど。


いつもどおり、放課後の教室から素早く抜け出して校舎を出る。
携帯で時間を確認しながら頭の中で駅に辿り着く時間を計算して、その後の行動を考えてふと気づいた
…あぁ、そういえば今日は休みだった。

気がつくと同時に、頭の中に描いたものがしゅるしゅると消えていく。
このまま真っ直ぐ家に帰ろう。そう思って携帯を閉じるとほぼ同時、不意に手首を掴まれて思考と動作が止まった。
布越しにひやりとしたそれを感じ取るとようやく俺の中でゆっくりと、けれど急速に嫌悪感が湧き上がったらしい、
いつもより鋭くなっているだろう視線で手の主を辿るように徐々に持ち上げ――そして、溜息。

「…あれ?無反応?つまんないのー」

俺の手首を掴んだまま笑う彼女は、言葉とは裏腹にどこか楽しそうだ。
湧き上がった嫌悪感はもう消えていて、代わりに湧き上がる疑問に思考を持って行かれそうになる

「何か用事ですか、さん」
「んーん、用事ってほどでもないんだけど。英士くん暇でしょ?それなら暇つぶしに誘拐されてみない?」

――真田。それが、誘拐犯の名前だ。




「英士くんって椎茸とか食べられる人?」
「平気だけど……何で突然スーパーなの?」
「久しぶりに鍋でも食べたいなーと思って。ほら、一人暮らしだと鍋ってあんまり食べられないでしょー」
「近いんだから実家に帰ればいいのに」
「だってお母さんがあんた一人暮らしの意味ないんじゃないのって言うんだもん」
「そんなに頻繁に帰ってるの?」
「…偶にね。ほんと、たまーに」
「……そういえば先週かな、姉ちゃんがまた帰ってきたって一馬が言ってたよ」
「!あーもう、あの子なんでもすぐ英士くんたちに喋るんだから!」

むっとして顔をしかめる横顔がなんとなく一馬に似ていて、やっぱり2人は姉弟なんだと改めて思う。
照れ屋で口下手な弟とは違い、彼女は誰とでも自然に打ち解ける能力を生まれながらに兼ね備えた人だ。
俺に愛想がないのは姉ちゃんが全部持ってったからだ――なんて、一馬が言ってたのはいつだったかな?



「そろそろ煮えたかな?」
「火は通ってると思うけど」

ぐつぐつと音を立てる鍋を見つめて首を傾げるさんに頷けば、彼女は嬉しそうに笑って火を止めた。
折り畳み式の足は曲線を描き、先は猫の足を模ったような円形の白いローテーブルに土鍋という組み合わせが妙にシュールで、
まじまじと眺めながら声に出さずに笑うと、それに気づいたのかさんも小さく笑う。

「炬燵だったらそれっぽかったんだけどね、英士くんの家には炬燵ある?」
「うん。冬になると毎年母さんが出してる」
「収納場所があれば欲しいんだけどな。炬燵でみかんは実家だけで我慢しますか」

大袈裟に肩を竦めて笑う顔を見ていると、彼女が年上であることを忘れてしまいそうになる。
決して童顔というわけではないのだが、口調や仕草、それこそ笑顔なんかの節々に子供っぽさが滲み出るのだ。
……そういえば、さんの背を追い越したのはいつだっただろう?

美味しい食事に箸は進み、ころころと変わる表情を前に自然と心までもが温まる。
同年代との会話ではつい聞き役ばかりに回ってしまう俺だけれど、
楽しそうに俺の話をせがむさんを前にするといつの間にか立場が逆転していることに驚くのも今となっては慣れたものだ。
中でも特に、一馬の話をするとその顔が最大級に緩むものだから、つい止まらなくなるんだ。

さんってブラコンだよね」
「うわぁ、それこの前会ったときに結人くんにも言われたんだけどー」

複雑そうに眉を寄せて、照れ隠しなのか一馬には内緒だと困ったように微笑む。
空になった器を前に御馳走様でしたと手を合わせると、お粗末さまでしたとまた嬉しそうな声
それからまた少し話をして、そろそろ帰ろうと立ち上がる。

「ここで良いよ」
「いやいや、駅まで送るよ。大事な一人息子に何かあったら、ご両親に申し訳ないからね」
「…練習帰りのがもっと遅いんだけど」
「あはは、でもせっかく誘拐されてくれたんだから、最後までお姉さんの我儘に付き合ってよ」

それとも、こんな年上と帰り道デートは嫌ですか?

そんな風に言われてしまえば黙るしかなくて、それでもせめてもの抵抗に大きく息を吐き出す。
俺の考えなんてお見通しなのか、ありがとー と、やっぱりさんは笑った。


「今日はありがとう。またそのうち誘拐しに行くから楽しみにしてて」
「そんなこと言ってるとそのうち警察に捕まるよ」
「英士くんが被害届けさえ出さないでいてくれればきっと大丈夫じゃないかなぁ」
「届け先は一馬でいい?」
「それだけは勘弁してください」
「ほんと、好きだよね」
「ん。年頃の弟を持つと、お姉ちゃんは心配なんです」
「…そんなに一馬のことが気になるならわざわざ俺に聞かないで本人に聞けばいいのに」

どうせ頻繁に実家に帰ってるんでしょ?
――そんな意味を込めて視線をやれば、楽しそうに笑う 顔

「えー、だってこうでもしないと英士くんとゆっくりできないでしょー」

にっこりと楽しそうに、嬉しそうに、それこそ悪戯を成功した子供のように、笑う


「それじゃ、また誘拐されてね」
「……ほんと、いつか捕まるよ」――俺に、







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人知れず愛されてる一馬が好きです(笑!)
ほんとは英士くんの誕生日祝い用に書き始めたんですけど、ネタに詰まって完成までに時間がたち過ぎてしまったので変更。
鍋の後のケーキシーンをカットして仕上げてみました。
サッカーの練習がないことは事前に母親経由でリサーチ済みです。一馬→お母さん→さんな感じでいつだって筒抜けだといい(笑)
ちなみに私の脳内設定で一馬のお姉さんは5歳以上年上になってます。
結局は、年の離れた性別の違う兄弟っていいなぁ、というお話。