「アンタってさ、時々すげぇ残酷なことするよな」 わかってるんだろ?――静かに向けられた視線は鋭くもなく、柔らかくもなく。 繋いだ傷痕 「野暮なことは嫌いなんじゃなかったの?」 「基本は、な。場合によっちゃ例外もある」 「ずいぶん友達思いなのね」 「そうでもねぇよ」 一度だけ向けられた視線はすぐに逸らされたけれど、代わりに纏わりつく空気の熱が増えた気がする うっすらと背中が汗ばむのを感じながら目を閉じれば、失われた視覚を補うように聴覚がその鋭さを増した。 「生殺しもいいところだ」 「でも、こうする以外わたしにはどうしようもないもの」 だって嫌いじゃないのに避ける理由はないでしょう? 口許だけで小さく笑みを形作れば、正論だとわかっているからこそ何も言えずに、何も言わずに眉だけを寄せる。 実際に見たわけではないが、彼が眉を寄せたのだろうと空気で感じた。そしてそれは、確認するまでもないのだ 瞼の裏に浮かんだ表情に、やっぱり友達思いなのね―と、先ほど否定された言葉を今度は音には乗せず呟く。 教師人の悩みの種、問題児、不良、 そんなレッテルは以前よりマシにはなったけれど、周囲の視線は未だに拭いきれたものではない 彼自身そんなことちっとも気にしていないし、気にもしていなかったことを知っているからこそわたしは変わらずここにいるのだ。 「……近づくな、とは言わねぇ。けど、踏み込むな」 近づくのは構わないと言う。けれど、踏み込んではならないと、言う。 似ているようで似ていない、それでいて矛盾のないそれは、理解するにはとても難しいことだと思う。 けれどわたしはその言葉をしっかりと受け止めて、咀嚼して、体内でわたしなりの言葉に変換しなければならない 「それは、牽制?」 「…」 「どうせなら近づくなって言えばいいのに」 「そこまで俺に言える権利はねぇだろ。それに、アンタが良いなら聞き流せばいい」 わたしにその気がないのなら、彼の射程範囲内に足を踏み入れてはいけないのだと 興味本位 暇つぶし程度の気持ちならやめておけと暗に含めて、 ぶっきらぼうな物言いの奥の温かさに気づいてしまえば苦笑を浮かべるしかない。――わたしは元来、彼には甘い生き物なのだ。 「優しいのね。……でも、」 続く言葉は音に乗ることもなく、ぼんやりとした影だけを落として消える 先を促すような視線に気がついて閉ざしていた色を取り戻すためにゆっくりと瞼を持ち上げるが、一度消してしまった音は戻らない。 やはり、鋭くも柔らかくもないそれにゆるりと首を傾げて微笑めば諦めたような溜息が一つ、 彼もまた、わたしには甘い生き物なのだ。 彼の場合わたしだけではなく、彼にとって大切だと呼べる全てに対してだけれど そこにわたしが含まれているのだと、わたしはよく知っている。知っていて、利用する。――わたしは元来、醜い生き物だから、 「そろそろ行かないと怒られるんじゃない?」 「まだ平気だ」 「柾輝は平気でも、きっとわたしが怒られるわ」 「――、」 「なあに?」 「……。いや、なんでもねぇ」 「そう?変な柾輝」 伸ばされた手が髪を撫でるのは甘受しても、落とされた声を拾うことはしない。 お互いをよく知りながらも知らないふりをして首を振ればいつかそれが真実になってくれるだろうと願って、 どうせなら、最初から繋がりなんて持たなければ良かったのだ。今すぐにでも切ってしまえばいいのだ。 それをわかっていても尚、わかっているからこそ、わたしも彼も真実を告げることが出来ず自由に動くこともままならない。 そしてわたしは彼の優しさを利用する。ゆるく繋いだ糸が途切れることのないように、絡まることのないように、 ――だけど、ほんとうは知っているのだ。わかって、いるのだ 「ねぇ、柾輝」 「何だ?」 痕に残った痛みさえも愛おしく思えるからこそ 「……なんでもない」 踏み込めないのは、彼もまた おなじ |