溢れてきた。じわじわと、こぽこぽと、
わたしの奥底から湧き出す、憎らしくて薄っぺらくて、いとおしい わたし。






指先からこぼれ落ちる今をあなたに






「もしもし?」


どうか優しく響いていますように。電話口に落とす声に祈りを籠める。
顔が見えない会話は難しい。自分ではいつも通りに話しているつもりでも、声のトーンが低ければ不機嫌そうだと勘違いされるから。
いくらでも飾れるメールなら平気なんだけどね。
営業用とまではいかなくても意識して少し高めに声を出して「あなたと話すのは楽しいんだよ」って伝わるように明るく振る舞う。
…振る舞うって言うとなんだか嘘をついてるみたいで良くないか。ううん、上手く表現できないなあ。


「うん、わたしは大丈夫。…え?やだ、信用ないなあ。ほんとだってば」


笑みを滲ませた声は電波に乗ってそっと耳に届くだろう。


「大丈夫?」って訊かれたら「大丈夫」って返す。
だって、そうなりたいから。身体の中をぐるりと渦巻く何かを大人しくさせる為の一種の呪文だ。
ほんとの気持ちを箱に詰めて鍵を掛けるの。…悪いことかな?そうかもしれない。でも、そうじゃないかもしれない。



「じゃあ逆に訊くけど、そっちは?大丈夫?」


音量を下げたテレビを眺めながら問う。ああ、まただ。震えたのは世界とわたし。


「大丈夫」になってほしいから「大丈夫?」って言う。
だって、ちっぽけなわたしにはそれ以外の言葉をあげられない。
ほんとは今すぐ行って抱きしめたい。触れるだけで全部伝われば良いのにと何度も思った。

だって言葉は時に無力で、薄っぺらくて、意図とは真逆の意味で届いてしまうから。

―じゃあ言葉を捨てる? 違うよね。それじゃだめなの。それじゃあ何も届かなくなってしまう。
触れるだけで伝われば素敵だけれどそれ以上に 形にして、ふるわせて、誰かの中に落ちる 一連の流れが大事なんだと思う。
そうやって人と人は繋がるの。たとえ痛くても、繋がっていたいと 思う。

だけどそれは、わたしの痛みを自分の痛みに変換してほしいって意味じゃないんだよ?
わたしの想いはわたしのもの。共有する必要はないの。わたしはわたしで、それ以外の誰でもないから。



「…ねえ、今度会ったらいっぱい笑おう?手繋いで、ばかみたいにはしゃいでさ」


使い古された言葉で良い。特別じゃなくて、有り触れたもので良いの。
きっとわたしがわたしの大切な人たちに抱く想いは「大好き」じゃ足りなくて、だけど「愛してる」じゃ大き過ぎるんだ。
この想いを表す言葉は今後も見つからないと思う。見つかってしまったらきっと、言葉はいらなくなってしまうから。


「―あ。…うん、こっちもきた。でも今更だよ。だって、わたしはいつも揺れてるもん」


しっかりとはっきりと、不安なんてこれっぽっちも滲ませずに。

弱音ならいくらでもあるよ。吐き出してしまいたいと思うし、呑み込んでしまいたいとも思う。
どっちも正しくてどっちも間違い。矛盾だらけのわたしが生きる、矛盾だらけのこの世界。
逃げ出したい衝動は常にわたしの中で蹲っていて、些細なことで激しく暴れ内側からわたしを傷つける。

外側からの傷ならいくらだって治せるけれども、内側からの傷を治すのは少しだけ難しくて、

…ほんとはね。そういうのもぜんぶぜんぶ、誰かに聞いてほしい。だけど一生気づかないでほしい。
ちっぽけな手のひらじゃ大事なものが零れないようにするだけで精一杯。
そう思うのに、時々全部捨てたくなるの。……捨てられるほどたくさんは持ってないのにね。

どれだけわたしを飾っても覆うには足りない。わたしはわたしを捨てられないから隠せない。

大嫌いだよ。だけど、だいすき。

指先からしゅるりとほどけて毛糸玉みたいになってしまえばいい。
そうして歪な丸い塊になって、大切な人のそばで転がっていたい。―て、言ったら、どうする?

答えなんて求めてないの。自分の中に落とすだけ。
ゆれるゆれる、ふよふよと漂うわたし
心はいつも揺れていて、あっちへ行ったりこっちへ来たりの繰り返し。
だから全部今更だよ。だいじょうぶ。―大丈夫。


「……はやくあいたいなあ、」


目を閉じればわたしを包む暗闇。
少しこわくて、いたくて、でもいとしくて。

欠けた何かを補う為に別の何かが研ぎ澄まされる。鋭いけれどそこに痛みはなくて、ただただ、ふるえる


「――あ。 なみだ、でた。」







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大切な誰かに向けて話しているようで、他でもない自分に向けているかもしれないお話。