夕日に向かって走りたいなら一人でやってね。



犬、飼い始めました。



「あ、ちゃんみっけ!」
「……」
「今大丈夫?」

ぱたぱたと駆け寄って来た犬の声に、面倒なのに見つかったと眉を寄せる。
これから部屋に戻ってゆっくり休憩をするんだから犬の散歩とか遊びに付き合ってる暇はないのだ。
よって、質問の答えはこうなる。

「無理」
「忙しいの?」
「うん、忙しいの」

身体を休めることに忙しい。夜のミーティングまで全力で寝たい。

「じゃあちょっとだけ!ほんとにちょっと、話聞いてくれるだけでも良いから、ね?」
「……なに?」
「うん、実は風祭にボール贈ろうってなってさ」
「ボール?」
「そ!あいつハットトリック決めたじゃん?そんで、見舞いも兼ねてみんなで寄せ書きしようって」

他の選抜のやつらも何人か食堂に集まってんだ。
続いた説明にへーと適当な相槌をする。サッカーボールに寄せ書きとか、青春だなあ…。

関西選抜との決勝戦でちびっこくんが倒れて、その対応に追われて暫くバタバタしてたのだ。
話によると手術の必要があるとかで結構大変らしい。
病院まで付き添って行った玲さんからの連絡を受けたコーチ陣が神妙な顔で話していたけど、
横にいたわたしは一人置いてけぼりな気分だった。
てか今更だけど何で他にマネージャーいないの?…あ、でも東北にはそれっぽい人がいた気もする。
でもあの将棋くんはチーム内で何かをするだけで全体的な仕事はしないから結局コーチたちの手伝いをするのはわたし一人。
明日スムーズに帰れるように今日はやらなきゃいけないことが沢山あって、
そこにちびっこくんのことがあったからそっちの対応もしなきゃで人手が足りなくて大忙しだったのだ。


ちゃんのスペース残しとくように言っといたから、後でちゃんも書いてほしいんだ」
「へー……、ん?」

いつもの癖で聞き流しそうになったけど、スルーしちゃいけない内容だった気がする。
じいっと藤代くんを見上げると藤代くんはにっこりと笑ってもう一度似たようなことを口走った。

ちゃんも風祭に何か書いてやってよ」
「……。でもわたしち、えーと風祭くんとそんなに関わったことないし」
「何言ってんの、ちゃんマネージャーじゃん」
「………そう、だけど、」

寄せ書きとか言われても書くことないし。無難なとこで「お大事に」とか?
そもそもわたしは選手じゃない。
色紙ならともかくハットトリックを決めた記念のボールに書くっていうのはなぁ……。

どうやって断ろうかと首を捻る。だけど突然ぐっと肩を掴まれて驚いて顔を上げた。

ちゃんって監督とか黒川たちとは話すけど、それ以外のやつらとは仕事以外で話さないよね」
「…うん?」
「最初の合宿の時からずっと壁みたいなのがあって…なんか、そーいうの変じゃん!」
「……つまり、藤代くんは何が言いたいの?」
「だからさっ、つまり、」

「選手じゃなくたって、ちゃんはチームの一員だってこと!」


……うん、首が痛い。長身の藤代くんを見上げ続けるのって結構疲れる。
この大型犬は食堂で行われてるだろう青春映画的なものを引きずってるの?
でもわたし、青春物って体中が痒くなって駄目だし、笑いすぎて泣いたことはあるけど感動して泣いたこととかないし、

「えーと…ありがとう?」

この場を収めるために告げれば、藤代くんはぱあっと効果音が付きそうな笑顔を輝かせてじゃあ後でね!と元気よく走り去って行った。



「上手く断れなかったから諦めてお大事にって書けば良いと思う?」
「良いと思うけど、誠二が言ってたことについてはスルーなの?」
「だってわたし青春ごっこで浜辺を走るとか無理だし、俺の胸に飛び込めとか言えないし来ても避けるし」
「そうだろうね。でも、図星だった?」
「最初から仲良くなるつもりがなかったのは当たり。相談とかメンドクサイことされたくないもん」
「仕事増えて家でのんびり出来る日が減るもんな」
「さっすがたくちゃん、大正解!」