存在が空気になったのかなー。



犬、飼い始めました。



ナショナルトレセンとやらで合宿に来て今日で3日目。
各選抜チームとのトーナメント戦が始まって、午前に行われた初戦で関東選抜に勝った。
まあそれはどうでも良いとして、問題は現在進行形で行われている二試合目なのだ。
二試合目は東海だと思って事前にコーチたちと戦略を纏めてたのに、初戦を突破したのは東北。
その所為でお昼休みを削って戦略を練り直すことになった。合宿での楽しみは自由時間くらいしかないのに…!

思い出してバインダーを握る手に力が籠る。
イライラする。イライラというか、モヤモヤというか…とにかくすっきりしないのだ。


「椎名のこと心配?」
「…、え?」
「風祭もだったけど、ちゃんさっきからずっと椎名のこと目で追ってるよ」

いつの間に隣に来てたんだろう。ちょっとだけ驚きつつ藤代くんの顔を見上げる。
それから、不快感の原因は翼くんだったのだと気づいて、再び視線をピッチの中に戻した。

「……心配というか、ハリセンで叩いてやりたいなあって」
「何でハリセン?」
「だって手で叩いたら痛いでしょう?」
「ハリセンの方が痛い気がする」
「わたしの手は痛くないから良いの」
「そっか!でも椎名どうしたんだろ。らしくない」
「どうしてそう思うの?」
「だっていつものアイツならあんなに焦ったりしないじゃん」
「…そっか。藤代くんは大型犬だもんね」
「へ?」
「でも翼くんは小型犬だから」

同じ犬でも、小型犬には小型犬にしかわからないことがあるんだよ。
ちびっこくんならわかるかもしれないなー。藤代くんによると翼くんのこと気にしてたみたいだし。

ちゃんはわかるの?」

斜め上から落っこちてきた言葉の答えは考えるまでもない。
だからやっぱり視線は前を向いたまま、でも声だけは隣を意識してきっぱりと答える。

「わかんないよ」

だってわたしは人間だもん。身長が同じくらいだったとしても、犬の気持ちなんてわかるわけないじゃん。
わたしと翼くんじゃ違いすぎるんだよ。藤代くんと翼くんの方が近い。そしてちびっこくんはもっと近い。
…あ、玲さんがちびっこくん入れることにしたみたい。流石玲さん。

「……あ、」
「どうしたの?」
「もしかしてコーギーってポメラニアンよりでかい?」
「コーギー?」

不思議そうな声はスルー。
翼くんがポメラニアンなのに、翼くんより小さいちびっこくんがコーギーだなんてあり得ない。
これは一大事だと悩んでいる間に気づいたらホイッスルが鳴って延長戦決定。
東北選抜の人が来てメッシュくんが騒いで、
その結果初めて試合に出られたメッシュくんのアシストでツリ目くんがゴールを決めて都選抜の勝利。


「…うわあ、サルくんみたい」
「今度はサル?!」

思わず呟く。ポーズを決めて殴られた九州選抜の選手が、翼くんに殴られてるサルくんみたいだ。
不思議そうにこっちを見た藤代くんはやっぱりスルー。
確かこの後は…そうだ、しっぽ取りみたいな練習メニューがあったんだ。ハチマキとか用意しなきゃ。
それと九州選抜のデータも改めて纏めて……めんどくさい。でもわたしがやらなきゃ玲さんの仕事が増えちゃう。


ちゃんってサルが好きなの?今度動物園行く?」
「好きじゃないし行かないよ」
「あ、じゃあ犬は?俺犬の写メあるよ。後で見せてあげるから部屋行って良い?」
「んー…」

あ、そうだ。コーギーのことも調べなきゃ。



「残念だけど、コーギーは中型犬だよ」
「…!、……ちびっこくん、いつになったら翼くんよりでかくなると思う?」
「いつだろうね。それより明日も早いんだろ?は朝弱いんだし早めに寝た方が良いと思うけど」
「んー。でも藤代くんが部屋に来るとか騒いでた気がするからまだ寝れない」
「…、今から誠二に電話するから、は気にしないで寝て良いよ。おやすみ」
「ん?うん、おやすみたくちゃん」