義理というより、餌付けの一環的な。



犬、飼い始めました。



初めての飛行機、初めての韓国。
どうせなら普通に旅行として来たかった。

試合中に雪が降ったときは、もうほんとホテルに帰ってやろうかと思ったよね。

お腹と背中、両足にカイロ貼って、手で持つタイプの大きいカイロも1個持ってたけどそれでも寒かった。
マフラーも手袋も帽子も被ってたし、厚手のコートも着てたのに。


韓国での思い出はそんな感じだ。遊びに行ったわけじゃないから仕方ないけど、でも予想以上に楽しくなかった。
…あ、でも試合の後のご飯のときに玲さんと写真撮れたのは嬉しかったなあ。
余計な人いっぱいいたけど。刈り上げくんが注意してくれなかったら潰されそうだったけど。


ちゃん!」


飛行機を降りてスムーズに解散できるように次回の練習についてはもう確認済み。
いつものメンバーと一緒にさっさと帰ろうとしていたわたしを引き止めたのは、無駄に元気の良い犬の声。
何でこんなに元気なんだろう?ちょっとだけ考えたけど、藤代くんだからってことにして振り返る。

「あのさ、ちゃん。明日何の日か知ってる?」
「日曜日」
「そーじゃなくて!や、そうなんだけど、」
「…?」
、そこのコンビニ寄ってるぞ」
「ん、わかった」

柾輝の言葉に頷いて答える。
それから目の前にいる藤代くんに視線を戻せば、藤代くんは何度か口をぱくぱくさせて、何かを言うか言わないか迷ってるみたいだ。
戸惑ってる藤代くんって珍しいなーと思いつつ、用がないならわたしもコンビニに行きたいんだけどと若干イラッとする。

「…藤代くん?」
ちゃんっ!」
「なに?」
「明日会える?」
「無理」

きっぱりと答えると、藤代くんは面白いくらいわかりやすく落ち込んだ。
漫画だったらまさにガーンっていう効果音がついてると思う。

「…明日誰かと会うの?」
「ううん。明日は家から一歩も出ないよ」
「……一歩も?ちょっとだけでもだめ?」
「だめ」
「………そっか、」

しょんぼりと肩を落とした藤代くん。らしくないなーと思うけど、でもわたしの決意は固いのだ。
韓国への遠征が決まったときから、帰国した次の日は一日中ベッドでごろごろするって決めてたんだもん。
雪の所為で予想以上に疲れてるし……てか、藤代くんは疲れてないのかな?
相変わらずしょんぼりしている藤代くんを見上げて考える。…うん、わかんないや。
わかんないと言えば、明日って何かあったっけ?

「……あ、」

ほんの少し考えて、もしかしたらと声を漏らす。
それから、やっぱりしょんぼりしている藤代くんに躾の基本である待てをさせてコンビニへ。
数分で戻って来たわたしは、きちんと待てをしている藤代くんに満足して右手を差し出す。

「はい、これあげる」
「…見ていい?」
「どーぞ」

コンビニ袋を覗きこんだ藤代くんは、ぱちりぱちりと瞬きを繰り返す。ちょっと面白い。
そして今度はわたしと袋の中身を何度も行ったり来たり。すごく面白い。
面白いけど、そろそろ帰って良いかな。荷物が重い。
だけど、わたしが口を開くよりも藤代くんが声を出す方が早かった。

「これ、俺にくれるの?」
「いらないなら返して」
「いる!」
「ん、じゃあわたし帰るね。藤代くんも早く帰って休んでね」

これ以上足止めを食らうのはごめんなので、言うだけ言ってさっさと背を向ける。
一緒にコンビニから出てきた柾輝たちのところへ向かうわたしの背中を、元気になった藤代くんの声が追いかける。

「ありがとーちゃん!大事に食べるね!」

……声がでかい。
自分の名前を大声で叫ばれるのは、あんまり嬉しくないなー。
きっとしっぽをぶんぶん振っているだろう藤代くんを想像しながら、わたしは小さく溜息を吐いた。



「それで誠二がご機嫌だったんだ。何あげたの?」
「チョコパフェ的な」
にしては豪華だね。バレンタインだから奮発したんだ?」
「違うよ。ほんとは板チョコにしようと思ったんだけどね、柾輝に止められたから仕方なく」
「……それ、誠二に言っちゃだめだよ」