喧嘩してたつもりはないんだけどなあ。



犬、飼い始めました。



玲さんに会えるのは嬉しいけど、もうちょっと寝正月してたかった。
マネージャーであるわたしの集合時間は選手たちよりも早い。
だって練習メニューの確認とか準備とかしなきゃだし。
選手の中には柾輝たちみたいに集合時間より早く来てボールと戯れてる人もいるけど、

「……」

少し離れた位置から様子を窺うようにこっちを見てる大型犬はいつもこんな時間に来たりしないんだけどなー。
てか、みんなが早く来たらわたしが困るし。これ以上早く起きなきゃいけないなんて無理。

くるりと後ろを振り向けばぱっと顔を逸らす。
さっきからそれの繰り返しでいい加減うんざりというか、ウザいというか。
一通り準備も終わったし、偶には飼い主らしくスキンシップを試みようかな。


「おはよう藤代くん。今日は早いんだね」
「あ、うん、おはようちゃん」
「…」
「……」

会話終了。多分10秒くらいで終わった気がする。
暇だから話しかけたけど用事はなんにもないし、提供する話題も見つからない。
スキンシップって難しいなー。
目の前でわたわたしてる藤代くんを見ながらぼんやりと思う。

「あのさ、えと、」
「…?」
「メールありがと。ちゃんからメールしてくれたの初めてだったから嬉しかった」
「あー、そういえば初めてだったかな」
「うん。…そんで、――この前はごめん!」

がばっと体を折り畳んだ藤代くんにぎょっとする。
だって、早めに来て練習していた人たちが藤代くんの大声に反応してこっちを見たのだ。

「…怒ってる?」

纏わりつく視線に思わずむっと顔を顰めていれば、何を誤解したのか顔を上げた藤代くんがその表情を曇らせた。
そんな藤代くんの様子に視線だけじゃなくてひそひそ声までプラスされる。
……なにこれどんな精神攻撃?わたしが悪いみたいじゃないか。

「―って、待って待って!怒ってないから、平気だから…!」

頭の中で喋ってて声に出すのを忘れてた。
何も言わないわたしに も一度頭を下げようとした藤代くんを慌てて止める。

「…ほんとに?」
「ほんとだよ。てか、なんでわたしが怒ってると思ったの?」
「え、だって俺たち喧嘩してたでしょ?」
「……喧嘩?」
「あ、喧嘩ってか俺が勝手にムカついてちゃんに八つ当たりしたんだけど、」

そこまで言われて漸く藤代くんが去年の最後の練習の日のことについて話していたんだと気づく。
すっかり忘れてたわたしが怒ってるわけがない。そもそも全く気にしてなかったし、それに

「そのことならメールでもごめんって言ってたよね?」
「うん。でもやっぱちゃんと謝りたかったからさ」

へへっと鼻の頭を擦る藤代くん。
わたしは少しだけ考えて、藤代くんの顔をしっかりと見る。


「あけましておめでとう。それと、誕生日おめでとう」


藤代くんにとっての「ちゃんと」が相手の顔を見て告げることならわたしもこうするのが正解の筈。
きょとんとした後ににっこり笑顔を浮かべた藤代くんに、わたしは少しだけ満足した。



「仲直り出来て良かったじゃん」
「スキンシップが成功しただけだよ」