そういえば犬って鼻が良いんだよね。



犬、飼い始めました。



「さっき監督にバケツ渡したのってちゃんでしょ?」

こっそりと耳打ちされてちょっとだけ肩が跳ねた。
さっきまでもうちょっと遠くにいたと思ったんだけど、まさかの瞬間移動?
視界の端っこでお腹を抱えてる藤代くんを見た気がしたんだけどなー。

「そうだけど、それが?」

よくも濡らしやがってとかの文句なら聞くつもりはない。
ちらりと斜め後ろを見て、それから隣で口許に手を添えて笑っている玲さんを見て、
も一度フィールドで蹲ってるロン毛くんを見る。
あんな古典的ギャグみたいなものを実際に見れるとは思わなかった。グッジョブちびっこくん。
試合が終わったら一番にタオルとドリンクを渡してあげよう。

「やっぱり…!ちゃんがバケツ持って近づいて来るの見えたからさ。でも何で水?」
「あれが一番すっきりすると思ったから」
「すっきり?」
「うん、すっきり。気持ち良かったでしょ?」
「確かに!」

ボトルを洗ってるときに喧しい声とそれを射殺すマシンガンが聞こえてそっちを見たらちょうど玲さんが騒ぎの中心に向かおうとしてて、
だからその場にあったバケツを拝借して水を入れてプレゼントしてみただけのこと。
騒ぎを止めるのに声を張り上げるのは疲れるだろうし、何よりギャンギャン耳障りだったからちょっとした八つ当たりだ。
ただでさえ暑くてイライラするのにあんな騒ぎ声を聞かされれば八つ当たりくらいしたくなるよ。
にっこり微笑んで受け取ってくれた玲さんを思い出す。今日一番の仕事をしたと思う。
びしょ濡れになった騒ぎの元凶たちを見てわたしもすっきりしたしねー。巻き込まれた人はドンマイ。

「キャプテンも止められなかったのに一発で静かにするとか、ちゃんて凄いね」
「止めたのはわたしじゃなくて玲さんだよ」
「でもバケツ渡したのはちゃんでしょ?」
「…藤代くんこそ、よく気づいたね」
「ん?」
「騒ぎの中心にいた人でわたしがバケツ持ってったのに気づいたの、藤代くんくらいだと思う」

この場合の中心ってのは、ロン毛くんと王子くんだ。
確かあのとき藤代くんは中心で一緒に騒いでたというか、意味もなく騒ぎに加わってた気がしないでもない。
別に気づかれないようにしてたわけじゃないけど、でもまさか藤代くんが気づいてたなんてびっくりだ。

「藤代くんって視野広いんだね」
「へへ、褒められちゃった!でもちょっと違うんだよなー」
「…?」
「だってちゃんだったから」
「……うん?」
「俺、ちゃんだったらどんなに離れてても気づくよ」

それは、嗅覚的な意味で?なんかちょっと複雑だなー。



「でもよく考えたら褒めて損したなって」
「何で?」
「だってFWだから視野が広くて当たり前でしょ?」
「そうだね。でも褒めて伸びるタイプだから偶には良いんじゃない」
「そっか!凄い芸とか覚えてくれたらいいなあ」