あいたい。


大切にしたいと思っていた。
こんな風に人を好きになれた自分を、愛おしいと思った。

だからあたしは、色んなものをかなぐり捨ててここまできたの。



*



「せーん、ぱいっ!」


煩わしげに眉を寄せた顔が好き。
一番は当然笑顔だけど、あたしじゃ先輩の最高の笑顔を引き出すことなんてできないから、せめて

あたしの所為で揺れて欲しい。

ちょっと不機嫌な顔も、困った顔も、あたしだけに見せる為に作られたんだと思えば全部優越感に変わる。


「なんで嫌そうな顔するんですかー」
「どうせ大した用もないんだろ?毎日毎日よく飽きないよね」
「先輩に会うのに飽きなんてくるわけないじゃないですか!」
「そりゃどーも」


あ、ほら。
仕方がないなって、相変わらずだなって、くしゃりと笑う、顔

些細な表情一つであたしの心は満たされるんだよ。知らないでしょ、先輩。



*



好きになったキッカケなんて覚えていない。気づいたらもう、好きだったの。
遠くから眺めるだけじゃ先輩にとってあたしは一生「その他大勢」でしかないと思ったから、一歩踏み出そうと決めた。

後悔なんてしないよ。
素っ気ない態度に泣きそうになったり、突き刺さる視線に震えることなんて何度もあった。


それでもあたしが笑っていたのは、先輩の中のあたしがいつだって最上級のあたしでいたかったから


なんの取り柄もないあたしにできることなんて笑顔でいることだけだったの。
それくらいしか、思いつかなかったの。

安っぽい笑顔だと思われてもいいよ。それで先輩の心に残れるなら。――だけど、ね?



*



「……、あの人と一緒に選んだんですか?」
…?」
「先輩がくれる物だったらなんだって喜びます。だって好きだから」
「…、俺は……、」
「それを知ってて、あの人と選んだの?」


ほんとは知ってたの。先輩に大切な人がいること。
だけどあたしはそれを知る前に先輩への気持ちに気づいてしまったから知らないふりをした。
ばかだって思う?でもね、大切にしたかったの。いとしかったの。
独りよがりだって言われてもいいよ。それでもあたしは、この気持ちをずっと抱きしめていたかったんだ。


「―― 、」
「謝らないでください。…謝らないで。」

「だってあたしは、先輩が黙っていてくれたお陰で幸せだったから」


夢を見ていられたから。


ねえ、先輩。
黙っていてくれたのはあたしが訊かなかったからだけじゃなくて、
ほんのちょっとでも、あたしのこと大事に想ってくれてたからだって、自惚れてもいいですか?

しっぽを振った子犬のように先輩の周りを駆け回るあたしを、可愛いなって、……。


「先輩、大好きです。……だいすき、でした」


ほんとは今すぐこの気持ちを過去形にすることなんてできないけど、そんなこと言ったら先輩は困ってしまうでしょう?
あたしの所為で先輩が困ってくれるのは嬉しいけど、やっぱり、笑った顔が一番だから――。





あいたい、あいたい、あ、いたい。







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二時頃と私生活をBGMに、書きたい部分だけを摘み上げたお話。






気づいていないわけがなかった。
向けられる視線の中に含まれた感情に、気づかないわけがなかった。

なにを言っても全部言い訳にしかならないとわかっていても伝えたいことがある。


俺はお前のことをほんとうに大事に想っていたんだよ。


最初は煩わしいとしか思わなかったのに、盲目に俺を慕ってくれるお前のことを、気づけば妹のように思ってた。
いとしい と、名前をつけても良かったかもしれない。
心地良かったんだ、すごく。

俺はお前が可愛くて可愛くて仕方なかった。……だから、本当のことを言えなかった。…違う、
お前が訊かないことを言い訳にして言わなかった。お前が俺への気持ちをはっきりと告げないから気づかないふりをした。

苦しかった?痛かった?


なあ、。お前はいつだって笑ってたよな。
―だけどきっと、一人で何度も泣いたんだろう?

泣き腫らした目で俺の前に現れれば、少しはお前にとって嬉しい方向へ変わっていたかもしれないのに。

ばかの一つ覚えみたいに押すだけで一度も引いたことなんてない。
駆け引きの仕方も知らないの?ほんとばか。…うそ、――。



自分勝手でずるい俺を、好きになってくれてありがとう。





同じだけの気持ちを返せなくて、   。