「――ごめん」

からん、ころん、
頭の中で空き缶が蹴飛ばされる音が響いた。



瞳の向こう




「……よ、こやま、くん?」
「うん、正解」
「あ、れ?いつから…?」

からから、 耳に馴染んだ教室のドアが開かれる音。
いったい彼はいつからそこにいたんだろう。
あの人が去って行ったのと反対側のドアに立つ、横山くん。
同じクラスというだけであまり話したことのない部類に入る彼は、躊躇いも見せずに教室へと足を踏み入れる。

「あー、『突然ごめん、実はわたし』ってとこらへんから」
「それってつまり最初から、ってこと…?」
「ん、割と?」

あまりにもさらりと言うものだから、怒りなんて感情はちっとも湧き上がってこなかった。
尤も、教室はわたし一人のものじゃないんだから、偶然居合わせた横山くんを怒るなんて最初からお門違いも良いところだ。

「はは、みっともないところ見られちゃったなー」

なんだか力が抜けてしまって、遅れてやってきた恥ずかしさが膨れ上がる。
――振られてしまったのだ。同じ小学校出身で、ずっと片想いしていた人に、たった今振られてしまったのだ。
居合わせたのがたとえばだったら、わたしは縋り付いて泣いてしまったかもしれない。
だけど、目の前にいるのはクラスメイトの横山くん。縋り付いて泣くなんて失礼なことができるはずない。

「…なんで?、格好良かったのに」
「え?」
「振られたのに『聞いてくれてありがとう』なんて頭下げれるヤツ今時いないと思う」

ぱちりぱちり、いつもより速い速度でたいして長くもない睫毛が上下する。
真っ直ぐな瞳を見れば、横山くんが本気で言ってくれてるのがわかって、
だけど、褒めてくれたことを素直に喜ぶ余裕はまだ戻ってこないみたいだから曖昧に笑っておいた。
…それにしても、「今時」だなんてまるでお年寄りの台詞みたいだ。


ゆっくりと下りてきた静寂に溺れてしまうのがはばかられたわたしが再び口を開くのは直ぐだった。
何か話していないと心地良さに泣いてしまいそうで――。
横山くんは格好良かったと言ってくれたけど、わたしからすればやっぱりみっともないところを見られてしまったのだ。
だからせめて、これ以上情けないところは見られたくないという、ちっぽけなプライドでもあったのだけれど。

「明日から気まずいなぁ。時期とか、もっと考えれば良かった」

残念ながら、口をついたのは愚痴に似たそれ。
はっとして次の言葉を捜すわたしをよそに、横山くんは心底不思議そうに首を倒すのだから困ったものだ。

「気まずいって何が?」
「だって、わたし振られちゃったわけだし、今までみたいに普通の友達には戻れないよ」
「……はアイツのこと嫌いになった?」
「え、―ううん、嫌いになんてならないよ」
「じゃぁ問題ないだろ。今までどおり普通で良いじゃん」
「だけど…、」
は振った女に冷たくするようなヤツを好きになったのか?」
「…!ううん、違う。そんな人じゃない」
「じゃぁ良いじゃん」
「…そっか、うん。それもそうだね」

心に出来たささくれに優しく薬を塗ってもらったような、温かいものがゆっくりと身体中に染み渡る。
横山くんは不思議な人だ。とても、不思議な人。
淡々とした口調の中にたくさんの優しさを潜ませていることに、彼は気づいているのだろうか?


「……うん。はそうやって笑った方が良い」
「え?」
「そっちの方が俺は好き」

横山くんは不思議な人だ。とても、不思議な人。
まるで小さな子供のように笑うんだね。
淡白に見える態度の中に、たくさんの魅力を忍ばせていることに彼は気づいているのだろうか?
気づいていないのだとしたら、それはとても勿体無いことだ。

「…わたしも、横山くんのそういう表情、すごく好きだよ」


――勿体無いけど、知っているのがわたしだけなら、すごく嬉しい。







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別にさんとへーまくんの間に恋愛感情は生まれていないのだけれど、
おっとりしたへーまくんにあてられたら好きって言葉もぽろりと零れてしまうと思います。
要するに、子供っぽく笑うへーまくんって素敵だよねってお話。