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わたしに春を教えてくれたのは、あなたでした。




4月なんて大嫌いだ。花粉は舞うし、クラス替えなんておぞましいイベントがある。
唯一保育園だけは年齢ごとに1組しかない小さな園だったから春が来るのもこわくなかったけれど、 小学校も中学校も、わたしが通っていたところは1年ごとにクラス替えをする仕組みで、 そして、義務教育を終えて最初の春は、過去最高に憂鬱だ。だって、


(東京なんて来たくなかった。)


ほんとだったら仲良しの子たちと地元の高校に通う筈だったのに。
受かる受からないは別にしても、気軽に会える距離にみんながいたのに。


(なんでお父さん、転勤なんか…。)


そりゃわたしだっていずれは上京して都会で一人暮らしをしてみたいなあ、なんて思っていたけど、 それはもっと大人になってからの話であってこんなに早く地元を離れる予定なんてなかったんだよ?


『だからって何年もおじさんに一人で暮らせってのも可哀想じゃん』 「そうだけど、」 『それにお前コンビニもないしバスもすぐ終わる田舎なんてやだってしょっちゅう言ってただろ』 「そうだけどー、でも違うの!…いいよねーへーちゃんは。ケースケくんとこ受かってさー」 『別にケースケと一緒が良くて選んだんじゃないし。それに学年違うから』 「でも部活始めたら毎日会えるら?」 『あー…お前ほんとケースケ好きだら』 「だってカッコイイし優しいもん、って、あーっ!」 『うるさい』 「わたし今訛ってた?」 『かも?』 「…へーちゃんに釣られたんだ。最悪だ」 『や、俺より先にお前が訛ったから』 「もーやだあ。学校で訛ったら絶対ばかにされるー誰も友達になってくんないー」 『はいはい』 「テキトーに返事しないでっ!」 『優花メンドイ』 「かわいいイトコが悲しんでるんだよ。ちょっとは慰めてくれたっていいじゃん」 『だって俺もうねみーし』 「ひどい」 『あー……お前んちの学校なんて名前だっけ?』


気だるげな質問に尖ったままの唇で慣れない学校名を告げれば、携帯越しになんとも煮え切らない唸り声。


「なに?」 『…多分だけど、そこ知り合いいるわ』 「えっほんと?どんな子?!」 『あー………黒い?』 「はい?」


へーちゃん、端的すぎて逆にわからないよ。
もっと詳しい説明を求めたのに携帯からは寝息しか返ってこない。

もー。へーちゃんのばかのびたっ!



そんなやり取りがあったのが昨夜で、わたしの疑問も不安も何一つ解消されないまま本日の入学式を迎えてしまったのである。


(へーちゃん早く携帯買わないかなあ。)


そしたら時間も気にせずメールで聞けたのに。
高校から東京で暮らすことになると言われた時はまだ中学生だったけど、 それなら早く携帯を持たせろとお父さんに強請って周りの子より一足先にわたしは携帯を手に入れたのだ。


(みんなも高校生になったら買ってもらうって言ってたし、早くメールこないかなあ…。)


家族・親戚・友達の3つに分けてあるアドレス帳はまだ中身がすかすかだ。
わたしの今の目標はアドレス帳にもう1つフォルダを増やすこと。
高校で出来た友達フォルダを作りたい。そう思って、今朝から気合を入れてきたんだけど…、

式が始まるまでは自分のクラスで待っているようにと受付で言われてもうどれくらい経っただろう。
保護者は先に体育館に、なんて説明の所為でお母さんと離されちゃうし、知り合いの一人もいないわたしは教室にぽつんとひとりぼっちだ。
自由に座ってくださいと黒板に書いてあるので取り敢えず空いているとこ、 寒くて人気がなかったのか、ぽっかり空いた廊下側のスペースの一番後ろに座ってじっと携帯と睨めっこしている。


(お母さん返信遅いー!)


うんともすんとも言わないこの子だけど、今は唯一の友達で味方なのだ。
どんどん席は埋まって行くけど、みんな中学が一緒の子と固まっていて、わたしの周りは未だ埋まらない。


(…さみしい、)


あまりの心細さにもう泣きたいと思った時、ガタン、目の前のイスが動いた。
自分の世界に入っていたわたしは突然の大きな音にびっくりして、ぴゃっ!と肩を揺らす。


「わり、驚かせた」
「え、あ、はいっ。だいじょぶですお構いなく」
「そっか、なら良いけど。なんで敬語?」
「うえ?えーっと…」


びっくりしてつい口走っただけで別に敬語が癖じゃないんだけども、


(この人…オーラがめっちゃこわい黒い!)


振り向いた顔に今度は別の意味で肩が跳ねた。…うん。生意気なこと言って目ぇ付けられないように敬語で喋ろう。 びくびくしながら返す言葉を考えるわたしの手の中で、「あっ」。ぎゅっと握り締めていた携帯が震える。…電話だ。でも、登録してない番号。


(誰だろう?気になるけど流石に出るわけにはなあ…)


地元の子だったらと思うとすぐに通話ボタンを押したくなるけれど、間違い電話かもしれないし、そもそもこの場で堂々と電話をする勇気はない。 うだうだ考えながらじっと携帯を見つめていると、留守番電話に切り替わる前に着信は途切れた。 呼び出し時間7秒とは、随分と気が短い人だ。

ほっと息を吐くとほぼ同時に、またしても画面が切り替わる。


(さっきの番号…!)


どうしようとわたわたするわたしがあまりに不審だったのか、「どうした?」。 頭の上から落ちてきた声にはっとして顔を上げると、すっかり存在を忘れていた前の席の黒い人がこっちを見ていた。


「えっと、電話が…知らない番号なんですけど、さっきも掛かってきて、」
「悪戯電話とか今まであったか?」
「や、ないです。登録してあるのもまだ少なくて…、切れた」
「急用かもしんねえし、また掛かってきたら出てみれば?」
「…でも、教室……」


反論したらなにかされるだろうか。―けれど、彼はもごもごと告げるわたしに機嫌を悪くするどころか、ほんの少し口角を上げた。


「教師もいねえし平気だろ。まじで急用だったらあんたも相手も困るぜ?」
「…はい。でも、」


全然知らない人からだったらどうしよう。
昔からわたしは人と話すのが得意じゃない。緊張して上手く喋れなくて、いつも、スタートが上手くいかない。
―だから春は嫌いなんだ。 ぐるぐると余計なことまで考えている内に、また、同じ番号からの着信。…どうしよう。きゅっと唇を噛めば、視界に生える黒い手。


「貸せ」
「、え?」
「変なやつだったら嫌だろ」


返事をしないわたしの手からやんわりと携帯を奪った彼は、まるで落ち着けとでも言うようにわたしの頭をくしゃっと撫でて、そのまま躊躇なくボタンを押す。


「もしもし?……いや、代理。ちょっと待て、確認する」


(…今この人、あたま、ぽんてした……?)


粗暴な人だと思ったのに、わたしの頭を撫でた手はびっくりするくらい優しかったものだから、ぽかんと口を開けて彼を見つめる。 ―だから、耳許から携帯を離した彼が視線を流してすぐに、わたしのそれと重なったのは当たり前なのだ。


「あんた、名前は?」
「…小羽優花、です」


答えれば、頷いて再び携帯に話し掛ける。


「そっちの名前は?…、は?……山口圭介に聞き覚えあるか?…まじかよ」
「あのっ!もしかしてへーちゃ、横山平馬ですか!?」


ぽかんとしているのも束の間、 知っている名前の登場に思わず彼の腕を引き、「知り合い?」「はい!」。携帯を受け取ってすぐに耳に押し当てた。


「へーちゃん!」 『おー』 「おーじゃないよ。びっくりするじゃんか」 『俺だって優花が男になったかと思ってびびったし』 「もー。なんで急に電話なの?てかこれへーちゃんの携帯?いつ買ったの?買ったらすぐメアドと番号送ってって言ったのにー」 『打つの慣れなくてメンドイ』 「もー。…それで、どしたの?急用?」 『…急用?』 「へーちゃんや、こっちが聞いてるんだよ」 『あー……優花的には急用かも。あれ、昨日言ってた知り合いの話。途中だったら?』 「そうだよ!詳しく教えてくれる前に寝ちゃってさー」 『眠かったし。で、その前にさっきの誰?』 「へ?……クラスメート?」 『こっちが聞いてんだけど。ま、いっか。そいつ黒い?』 「……はい?」 『名前言ったらピンポイントでケースケの名前出してくるから、そいつが俺の知ってるやつかなって』 「…確認だけども、へーちゃんが言ってた子って女の子じゃないの?」 『東京にいる知り合いなんてサッカー関係者に決まってんじゃん』 「っへーちゃんのばかばかばかのびた!女の子の友達が欲しかったんだもん!てか普通さー、女の子だと思うら?わたし女だもんっ」 『うるさい』 「だってー……、怒った?」 『別に』 「うん、ごめんね?わざわざ電話してくれたのに」 『いーけど。お前んち入学式午前中っつってたよな?じゃあ今教室?』 「うん」 『でかい声で盛大に訛ってたけど、隠すのやめたの?』 「、へ?」


聞き慣れた眠そうな声にぱちくりと瞬きをして、ぎぎぎ、錆び付いた首を回すと、―黒い人は勿論、近くにいた子たちが不思議そうにわたしを見ている。…終わった。頭の中が一気に真っ白。
携帯が手から滑り落ちそうになって、慌ててもう片方の手を添えた。


「…へーちゃ、へーちゃんどうしようわたしもうむりだよ完全に田舎者だってばれたよ笑い者だよ誰も仲良くしてくんないよ」 『落ち着けって』 「だって、」 『あー…黒川に代わって』 「クロカワって誰?」 『さっきの黒いやつ』


頭の上に疑問符を並べながらも恐る恐る前の席の黒い人を見れば、 名前に反応したのかじっとわたしを見下ろしていた彼とばちっと目が合う。


「あの、…黒川くん?」
「ん?」
「へーちゃんが、代わってって」


おずおずと両手で携帯を差し出すと、彼は嫌がることもなくひょいっと受け取ってくれたけれど、 わたしはもう色んなことに耐え切れなくて、逃げるようにぺたっと机におでこを押し付けた。


「もしもし?…おう。いや、別になんとも。……ん、いいぜ。わかった」


周りの視線がこわくてぎゅうっと目を瞑っていたわたしに、「ほら」。声が降る。


「横山」
「…はい」


うじうじした態度は周りを余計苛立たせるとはわかっているけど、今更どうしようもないのだ。
胸に鉛が落ちたみたい。
……こうやって今年も、憂鬱な教室で息を潜めて、少しずつ話せる人を見つけるしかないんだよ。


「へーちゃん?」


虫みたいな声を押し出すと、返ってくるのは淡々とした聞き慣れた声。


『喜べ優花。友達1号ゲットだぜ』 「わたしポケモンならピカチュウとヒトカゲが好きだよ」 『黒川はどう頑張ってもかわいい系無理だろ』 「クロカワなんてポケモン知らない」 『違くて、黒川がお前の友達になってくれるってさ』 「……、はい?」 『あと別に方言とか気にしないし田舎者だってばかにするつもりもないって。ついでに言えば周りも気にしてないだろうしお前が勝手に気にしてへこんでるだけ』 「…ほんとに?」 『心配なら本人に聞いてみろよ。見た目怖いかもしんねえけど、そいつ普通にいいやつだから』 「…うん」 『じゃあ切るな。あとでメールする』 「うん。へーちゃんち入学式午後からだら?ケースケくんによろしく」 『はいはい。つかこんな時まで歪みねえな』


通話終了ボタンを押して、ふうう、鉛が溶けた息を吐く。
そろりと目線を上げれば、頬杖を付いた黒い人改め黒川くんが、「ん?」。わずかに首を横に倒した。


「お、…お騒がせいたしました……」
「面白い物をどーも。…ばかにしてるわけじゃねえからそんなびびんな」
「すみません…」
「あんた、小羽だっけ?横山相手だと全然態度違ぇんだな」
「へーちゃんはイトコで仲良しなので」
「俺は?」
「初めましてなので…」
「へえ。友達なのに?」


にやっと口角が上を向く。

いいやつだって、へーちゃんは言ったけども。へーちゃんの言うことを疑うわけじゃないけども。 だけどやっぱり意気地のないわたしは、恐る恐る、口を開く。


「つかぬことをお伺いしますが、黒川くんにとってのお友達は、その、パシリ的ななにかですか…?」
「…俺、そんなに怖いか?」
「ごめんなさい」
「……パシリが欲しいとは思ってねえし、お前を怖がらせようとも思ってねえから」


こわくない。まるで小さな子供に言い聞かせるように、黒川くんは鋭い目許からふっと力を抜いた。


「それでもまだ怖いってんなら、しょーがねえ。ちょっと耳貸せ。…だから別に痛いこととかしねえって」


ちぎられるのかと慌てて耳を押さえたわたしに、どことなく呆れを含んだ声。
酷く緩慢な動作で髪を耳に掛けると、内緒話をするように手を添えて黒川くんが唇を近づける。


「俺、ピーマン苦手」






秘密をあげる






掠れた声で囁いた彼が、「誰にも言うなよ」。少しだけ照れくさそうな顔で首の後ろに手をやるものだから、 なんだか急に黒川くんがとてもかわいいものに見えて、わたしはだらしなくにやけた口許を両手で隠して、こくこくと頷いたのだ。



へーちゃん知ってた?春ってこんなに、どきどきするものだったんだね。








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内気な女の子が頼りになるお友達をゲットしたお話。
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「Chalk」のれもんさん主催企画サイト「honey&salt」の第一回にHoney sideで書かせていただいたお話です。
タイトルもChalkさんよりお借りしています。