からんからん、軽快な音を立てて扉を開く。
この店に来るのも随分久しぶりだ。店内を素早く見渡せば知ってる顔と知らない顔。
前者から一人の男を探そうとするが、後者に当て嵌まる可愛らしい女の子が近づいてきたので視線を彼女に合わせた。


「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」
「いいえー待ち合わせ。多分もういると思うんですけどねー、体も目もほっそい胡散臭い笑顔の…あ、丁度あんな感じの」
「え?」
「店員さん、あそこの席にコーヒーお願い。ブレンドは…そだな、コーヒーに煩い男に任せるよ」


きょとんと愛らしく小首を傾げた彼女ににやりと笑みを浮かべ、カウンターの奥にいる男をちらりと見やる。
素直にあたしの視線を追った彼女は一拍置いて華やかな笑顔を広げた。


「あっ!かしこまりました。すぐお持ちします」
「よろしくお願いしまーす」


すぐ来るとは思わないけどね。てかあんな可愛い子、いつの間に雇ったのかしら?
うちのお姫様とは違うタイプの愛らしさだ。小動物みたい。…よし、また常連客になって仲良くなろう。
にんまりと頬を緩ませながら目当ての席まで足を運ぶ。
店の扉に背を向けていた男の正面に座れば、顔を上げるのと同時に声を掛けられた。


「お久しぶりですさん。後ろ姿で表情までわかるなんて流石ですね」
「あらやだタッキー地獄耳…っと、耳が良いのね」
「ありがとうございます。さんの笑顔もお変わりないようで安心しました」


にこりと微笑む男にこちらも負けじとにやり。
いやあほんと相変わらずだな。精神が弱ってる時には絶対に会いたくないタイプ。


「早速で悪いんだけど、本題に移っても良い?」
「助かります。実は僕、この後も予定が詰まってるんです。無理矢理時間を作ったので」
「タッキー売れっ子だもんねー。もしかして急に呼び出しちゃ迷惑だった?」
「そう思うなら用件をどうぞ」
「ごめんごめん、怒んないでよ。―の情報を買い占めたいんだけど、いくらで買える?」
「…、ですか」
「そう。買ってすぐ他のやつらに売られちゃ堪んないから、金額は予め倍で払うよ」
「すごい額になりますよ」
「だろうね。でも、そうでもしないと意味ないでしょ。前だって結構な額払ったのにさー」
「僕は上客を逃したりしませんから」
「守銭奴め。やっぱ潤慶に情報売ったのタッキーか」
「商売上手って言ってください」
「…杉原って絶対碌な死に方しないと思うの」
「楽しそうですね」


わお、良い笑顔。元から細い糸目が更に細まる。もうこれ何も見えてないんじゃないの?
そんなこと言ったら最後、あたしの心がずたずたにされるので口にはしない。

長い長い散歩(断じて家出ではない)に出た時、あたしが最初に向かったのは一人の情報屋の所。
この世界には数多くの情報屋がいるけれど、中でもその男の情報網やら何やらは当時から群を抜いていた。
だからあたしは彼を選んだし、破産覚悟で大金を叩いて情報を買い占めたのだ。…それなのに!
まさか数年で他のやつに売るとは思わなかった。てか、あれ以上の額を払うやつがいるとは思わなかったよ。

杉原は腕の良い情報屋だし、信頼もできる。
ただし、こいつを左右するのは金。泣き落としを笑顔で落とす彼の商売方法はお金が全てなのだ。
裏だろうが表だろうが杉原が握る情報は限りなく、そして彼は提示した額さえ払えば誰であろうと情報を売る。
―つまり、情報を流出させたくない場合は大金を払ってその情報を買い占めるしかないのだ。
その場合一度に払うでも良し、一定の額を払い続けるでも良し。
後者にしても最初に結構な額は取られるが、この世界で一つの情報を独り占めするなら仕方のないこと。
そしてどちらを選んだとしても、それよりも高い額を付けた人がいれば杉原はあっさりと情報を売るのだ。
…あ、でも後者の方法で支払いしてる場合は売る前に一声掛けるんだっけ?

これくらいの値を付けるって人がいるんですけど、あなたはこれ以上を払えますか?……無理なら良いんですよ、売るだけなので。
その場合は勿論、今後僕に支払いを続ける必要はありません。また買い占めたくなったらいつでも声掛けてくださいね。

杉原超怖ぇ。ちなみに以前のあたしは今と同じで一度に払ったので、何の連絡もありませんでした。


「買ってくれるなら喜んで売りますけど、一括払いで良いんですか?」
「流石にこれ以上を払う物好きはいないって信じてる」
「彼女は昔から大人気ですから、僕としては分割を薦めますよ」
「あー……んにゃ、やっぱ良いや」


少しだけ悩んだけれどきっぱり断る。すると目の前の男は不思議そうに眉根を寄せた。


「うちにも腕の良いのがいるからね。杉原が誰かに売る前には気づけるよ」
「それは残念」
「永遠に払い続けるなんてやなこった」
「その方が僕は儲かるんですけどね」
「うわ、認めやがった」
「嘘は苦手なんです」
「どの口が言うんだか」
「…さん、ご存じなかったんですか?口は一つしかないんですよ」


うっわムカツク!可哀想なものを見るような目でまじまじとあたしの顔を見る本来糸目な男。
コーヒーがあったら顔面にプレゼントしてあげたのに。…残念ながら、予想通りコーヒーの到着はまだだ。これ絶対わざとだろ。


「あぁそうださん、数週間前に彼女の情報を買い占めた人がいるんで冗談抜きに洒落にならない額ですけど」
「…どんな人?」


にっこり笑ってテーブルの上に手のひらを広げた男にわかっていても口許が引き攣る。
仕方なく数枚の紙切れをその手に乗せれば、ひいふうみいと数えた後に口を開いた。意外。もっと出せと言われるかと思ったのに。
訝しがるあたしに向けられるのは、やっぱり胡散臭い笑顔。


さんがよく知ってる人ですよ。確か彼とは一番付き合いが長いんですよね?」
「……それ返して」
「僕、どんな理由があっても一度頂いたものは返さない主義なんです」
「知ってるけどさー。そのお金で一ヶ月は暮らせたのに」
さんのミスでしょう」
「そーですね!」


ほんっと良い性格してるわ!
てか、何であいつもあたしに言わないかなー。…いや、やっぱ予想できなかったあたしのミスか。
柄の悪いやつだったらさっさと潰しておこうと思ったのが間違いだった。
が死んだのはこの世界で有名な話だし、そんな彼女の情報を今更買い占めたがる物好きなんて、ねえ?


「一応訊きますけど、どうします?」
「……予定通り、買うよ」
「…意外ですね」
「それはこっちの台詞。タッキーは金さえ入れば他はどーでも良いがモットーじゃん」
「否定はしません。でもさんは上客ですし、それに、」

「僕はさんのこと、他の客とは違った目で見てるんですよ」



をつけないそつき
「……、店員さーん!熱々のコーヒー大至急ー」