あ、やばい。失敗した。
視界に広がった見覚えのない景色にうわマジやっべーと笑いに似た息が漏れる。
さて、ここで問題なのがあたしはどれくらい意識を飛ばしていたのかだ。
確かめようにも窓はなく、照らすと言うには心許無い人工的な灯りが一つチカチカと点滅を繰り返すのみ。
ううむ困った。まだお使いの途中だったのに、これじゃ時間さえわからない。

鈍かったり鋭かったり、色んな痛みを感じながら寝転んでいた身体を起こす。
取り敢えず今置かれている状況を把握しようとぐるりと首を回し、ついでに確認できる範囲で自分の身体を眺める。
起きたと同時に気づいてはいたけど、両手両足はお約束のように縄できつく縛られていた。


「どうせ縛るなら起きてる時にやってくれれば良かったのに」


意識があれば縄抜け用の細工ができたが、意識がなければ対処のしようがない。
残念ながら使えそうな物は落ちてないし靴(道具を隠してる)も脱がされている。不幸中の幸いは手足の拘束が別だったことか。
座ったまま壁ににじり寄り、壁を支えにして立ち上がる。
正真正銘 丸腰なあたしが取るべき行動は悲しくも限られてくるわけで、


「迷わず素早く全力で。――ッぐ、ぁ…」


痛覚が残っていることを喜ぶべきか嘆くべきか。目が覚めたのは痛みのお陰とも言えるから微妙なところだなこりゃ。
緩くなった縄から左手首を抜き、後ろ手に縛られていた手を前に持って来る。
それから足の縄を解きにかかろうとしたところで近づいてくる気配に気づいて動きを止めた。


「何だ起きてたのか。よく寝れたか?」
「ちっとも。地面は硬いし身体は痛いしで寝た気がしません」
「元気だけは有り余ってるみたいだな」
「お陰さまで」


どこもかしこも痛いけどな!口に出す代わりににやり。可愛げのないガキだとか聞こえたけど気にしない。
あたしの正面にしゃがみ込んだ男が持つロウソクの灯を頼りに改めて今の状況を確認する。
扉は一つ。でもそこを塞ぐように立つ男が一人。扉の外にもう一人。 再び目の前の男へと視線を戻し、隙のなさと体格の良さに内心舌を巻く。

足の拘束が解けない限り勝ち目はない。でも火傷覚悟で縄を焼けば引っ繰り返せないこともない。
逃げ出す算段を立てながら、まずはどうやって目の前の男の意識をあたしから逸らそうかと考える。


「俺はお前が運んでた物に用があってな。中身が何かは知らねぇがガキが運ぶ物じゃねーことはわかる」
「…残念ですけどあたしはお使いを頼まれただけなので詳しいことは知りません」
「依頼人の名前は?」
「さあ?時間と場所の指定はされましたけど」
「使えねぇな」
「まだ子供なんで」


今度は意識してにっこりと笑みを浮かべるけど不評らしい。鋭い舌打ちが返ってきた。
注文の多い兄ちゃんだと思いつつ、扉に向かって指示を出す様子からここでのリーダーは彼かと再確認。
暫く静かに待っていれば鈍い音を立てて開いた扉から外に立っていただろう男と、その人に連れられた少年が歩いてきた。
背格好はあたしとあまり変わらない。あたしと違って手錠で両手を拘束されているだけの少年は、目立った怪我も見当たらない。
…何これ差別?拘束されてる時点で決して待遇が良いわけじゃないけれど、あたしに比べれば随分マシってもんだ。


「何の用だ。実験の途中だから手短に話せ」
「相変わらずだなお前、自分の立場わかってんのか?…おい、こいつにアレを渡せ」


男の指示で少年に手渡された立方体の箱。
ただの箱に見覚えも何もないけど、でもあれは間違いなくあたしが頼まれたお使いの品だ。


「この箱が何だ」
「中身の確認をしたいんだが何をしても開かなくてな。どうだ、お前ならやれそうか?」
「…なるほど興味深い。まずは手錠を外せ。それと俺の道具を持って来させろ」


……うん。いっそ清々しいほど偉そうだなこの子。
ぺたりと座り込んだ三白眼の少年は用意させた道具を使って箱を開ける為に自由になった両手を動かし始めた。
チクタクチクタク。頭の中で時を刻みながら大人しく時を待つ。
するどどうだ。お使い中のあたしを複数人で取り囲み、殴る蹴るの暴行を加え意識を飛ばさせて拉致した大人たちがどう足掻いても開けられなかったらしい箱を、
彼らより10は幼いだろう少年がたった数分で開けてしまったのだ。
箱が開くと同時にぴくりとも動かなくなった少年は、開いた部分の内側に貼り付いていた紙を食い入るように見つめている。


「その紙は何だ。何が書いてある」
「どうやら設計図のようだ。…ふむ、これはよくできた爆弾だな」
「……爆弾?」
「あぁ。ちなみに少しでも動いたら時限装置が作動するぞ。解体してみたかったのだが残念だ」


あたしの目の前で胡坐を掻いていた男は淡々と紡がれる少年の言葉に浮かせかけた腰をそっと戻した。


「地面に叩きつけてもビクともしなかったんだ。今更爆弾だなんて信じられねぇな」
「蓋を開けると起動する仕組みになっていたらしい。蓋が開いた今、この箱が振動を感知すればこの部屋は愚か地下全体が吹き飛ぶだろう」
「…解除は?」
「少しの振動も与えずに解除を施すのは難しい。カウントは10から始まる設定になっているが、そんな短時間での作業は不可能だ」
「嘘じゃねーだろうな」
「俺は根拠のないことは言わん」
「……」
「彼の言ってること正しいと思いますよー」


信じるべきか悩んでいたリーダーさんに助言を少々。
先を促すように鋭い視線を向けてきたお兄さんにへらりと笑みを向け、お使いに行く前に言われたことをオマケとともに声に出す。


「死にたくないなら絶対に中身を見るなって言われてたんで。ま、人の物を勝手に見ないのは当たり前のことだけどねー」


揺れたのは空気と小さな炎。動くに動けなくなった男から目を逸らさず、後ろに隠していた右手を軽く解す。
そして視線の先の男が少年の方を向いたと同時に素早く彼の手からロウソクを奪い取った。


「お前何でっ…親指の関節を外したのか」
「実践は初めてだったので激痛でした。…あぁ、下手に動くとドカンなんでしょ?木っ端微塵が嫌ならあたしに襲いかかるのは止めた方が良いと思うけど」
「チッ、…動けねぇのはお互い様だろ。それに手足が自由になったところでお前が満身創痍なのは変わらねぇ」
「お互い様、ね。ちなみにあたしある程度の痛みなら耐性があるんで。耐えられるってだけでものすっごく痛いけど、ねっ!」
「ばっ!?」


用済みのロウソクを男に投げつけ、彼が怯んだ隙に箱を抱えた少年の傍らにある先の尖った道具を拾い上げる。
それを使って焦げた縄を完全に引き千切り、更に右手首に残っていた縄を切れば負傷はしてるが晴れてあたしは自由の身。

依頼人から指定された時間は「カウント10」、そして指定された場所は「地下」。
お使いが終わるまでは大人しくしているようにと言われていたから良い子でいたけれど、お使いが終わってまで良い子でいる必要はないのだ。
そういや依頼人も三白眼だったっけ?名乗らずに仕事内容と箱だけを渡してきた老人の顔を思い出す。
ちなみに中身は手紙だけだって聞いてたけど、手紙の詳しい内容までは知らなかったからリーダーさんに嘘は言ってない。
戸惑う男を瞳に映しつつも頭の中では帰ってから鬱血した縄の痕をどう誤魔化そうか必死に思考を巡らせる。
てか負傷した身で大の男を複数相手にするんだから、これ以上の傷を増やさないってのも無理だし誤魔化しきれないじゃん。


「よし、決めた。取り敢えずお兄さん方にはあたしが感じた以上の痛みをプレゼントしよう」


八つ当たり?いえいえ、正当な仕返しです。



*



「元を辿ればこの家は大作の所有物。つまり不破家の所有物でもあるのだから、孫の俺が何度小爆発を起こそうと問題はない」
「ちょっと待て。この家は大地に手紙を届けたついでに侵入者を追い出した報酬としてあたしがもらったんだから今はあたしの所有物でしょーが」
「…そういえば乙女と大陸から宛てに小包が届いていたな、持ってきてやろう」
「大地先生、話を逸らすのは止めてください。てかあたし最終的に右手も怪我して暫く両手使えなかったんだからね!」


こら逃げるなクラッシャー!そそくさと出て行った無表情の男を声だけで追い掛ける。
あいつの両親が送り付けてきた物が不必要な物であったとしても、頻繁に爆発を起こす男の話をする為にお礼と言う形で手紙を書こうと心に決めた。



「今となっては報酬より被害額のが大きい気がするんですけど大作さん」