「」 「はいよー」 「…」 「なあに、どしたの?」 「…、……」 「翼くん?眠れないの?」 振り返った先、柔らかな猫っ毛がふわりと揺れた。 あたしはこの子のふわふわな髪が好きだ。初めて見た時、何となく羊みたいだと思った。 悩める子羊クン。もう一人のあたし。 「…は寝ないの?」 「んー、もうちょっとしたら寝るかも」 「……そう」 「お、なになに、そんなくっついちゃって」 「邪魔?」 「可愛いから許す」 「なにそれ」 お、笑った。きっとこういうのを天使の微笑みって言うんだろうなー。 愛らしい少女のようなこの子は、残念ながら正真正銘の男の子。中性的な顔立ちというにはまだ可愛さが勝る。 あの人と別れてから小さな仕事で食い繋いでいたあたしに突然入った大きな仕事。仲介屋を通しての匿名の依頼。 依頼主が何故あたしのようなガキ(名も売れてない)を指名したのかはわからないけれど、その仕事を請けなければ翼に出会うことはなかっただろう。 …わからないってのは、半分くらい嘘。だって翼はあの人を知っていた。あたしの唯一と彼の唯一は同じ。 あたしの中にある一つの憶測は、けれども憶測で終わらないだろうと誰に確かめたわけでもないのにやけにはっきりと存在している。 その日暮らしをしているあたしが突如舞い込んできた大金を得るチャンスを逃すわけがない。断る可能性は限りなくゼロに近かった。 だからきっと、あたしと翼が出会ったのは偶然なんかじゃないのだ。 「そうだ翼、傷はまだ痛む?」 「平気。こそ、痛い?」 「え?」 「怪我してる。…ごめん。ぼくが役立たずだから、」 「……。よしよし、可愛いやつめ」 隣にくっついていたふわふわの髪を撫でてやれば、くりくりとした大きな瞳がどこか所在なさげに揺れる。 「きみの今の仕事は眠ることだよ。早く元気になってもらわないと」 「…、…怪我が治ったら、とはさよなら?」 「え、したいの?」 「やだ!」 「それは良かった。翼が元気になったらあたしの手伝いをしてもらうつもりだったからさ」 「手伝い?」 「そ、手伝い」 「…いつまで?」 「んん、そだなあ…翼が嫌になるまで?」 「え、」 「あ、違うよ?あたしが翼のことをどうこうじゃなくて、翼があたしの手伝いをするのが嫌になったら終わりってこと。無理強いはしないから安心して」 「…、」 「んー?」 「それって、ずっとってことだよ。ぼくがの傍にずっといるってことだよ?」 「お、まじか。ラッキー」 「……ぼくで、いいの?」 「翼がいいの」 隣で膝を抱えているちびっこに向き直ってしっかりと告げれば、不安で曇っていた表情がみるみるうちに華やいだ。 あたしにはこんな顔はできない。翼とあたしは似ている。でも、根本的な部分が全然違う。鏡の世界のもう一人のあたし。 「…翼?」 ぎゅうっとあたしの服を掴んで動かなくなった少年に首を傾げると、やがてこてりと小さくて重たい頭が凭れてくる。 安心して寝ちゃうとか、可愛すぎだろうちびっこめ!…これでも同い年なのになー。あたしにはない純粋さ。 すうすうと零れる寝息に誘われるようにむくむくと膨らんできた睡魔に欠伸を一つ。 閉ざされた大きな瞳から滑り落ちた滴をなるべく優しい手つきで拭って、あたしも静かに目を閉じた。 * 「いったい!痛いってば!」 「自業自得なんだから我慢しろよ」 「そりゃ御尤もだけど、もうちょっと優しくしてくれても良いんじゃないでしょーか翼さん」 「黙れ」 「ぷぎゃっ!」 ぺしりと傷口を叩かれて間の抜けた声が飛び出す。何この人ほんっと容赦ねえ。 手当てしてくれるなら優しさもプラスして欲しいなあと思いつつ苦笑い。 「…昔はあんなに可愛かったのに」 「なに?」 「何でもないでーす」 「ふうん。あ、そうだ。この後の仕事柾輝が代わりに行ったから」 「え、なにそれ聞いてない」 「今言った」 「えぇー……じゃああたしの仕事は?」 「の仕事は眠ること」 「いやいや、そんなこと言われても眠くないしてかまだ昼だし」 「ごちゃごちゃ言ってないでさっさと治せ。がこんなんじゃ調子狂うやつらが多くて困るんだよね」 「…翼も?」 「言わせる気?」 ほんの少し眉を吊り上げた中性的な顔立ちの男は、不機嫌そうに見えてその瞳は楽しそうに揺れている。 だからあたしは、ソファーから立ち上がろうとした翼の服を掴んでにやり。 「翼も一緒に、でしょう?」 その日暮らしをしていたあの頃、仕事のない日はよく二人して真昼間から寝転んでたっけ。 遠い記憶。傷だらけの笑顔。目に見える傷は癒えたけど、彼を深く抉った傷は今もまだそこにあるのだ。 痛みをやり過ごす為に目を瞑るというのなら、一人より二人の方が良いに決まってる。 珍しく間抜け面を披露した可愛い顔の男の柔らかな髪を撫でれば、張り詰めていた息を吐き出して幼い顔で笑った。 |