「久しぶりだね」
「生きてたんだ」
「そんなのお互い様だよ」


ははっと音を立てて笑う。
ころころと表情の変わるこの男(顔は見てないけど)は、同じ屋根の下で暮らしたことこそないが付き合いの長さは家族並みだ。


「そういえばこの前ヨンサが僕に会いに来たんだ」
「へぇ、珍しい」
「うん。だからびっくりしてお茶零しちゃった」
「相変わらず抜けてるね」
は相変わらずテキビシーね」


視線は手元に落としたままだけど、それでもこいつがふにゃりと笑った顔が目に浮かぶ。
声の調子や空気の揺れ方なんかで相手の変化がわかるのは、やっぱりあたしとこいつが昔馴染みだからだろうか。
ほんの少しだけ記憶を遡って、だけどすぐに止めた。あんまり良い思い出はない気がする。


「―用件は?」
「特には。ただ、を捜してほしいって依頼されたから捜しに来ただけ」
「それじゃ戻ってここを報告して終わりってわけだ」
「うん。でも、僕をこのまま帰してくれるの?」
「ん?…あぁ、どーしよっかなって考え中」
「きゃー、僕イジメられちゃーう」
「中まで入ってきたやつがなに言ってんだか」
「だってに会いたかったんだもん」
「はいはい」
「あ、冗談だと思ってるでしょ?」


コツコツ、わざと足音を鳴らして近づいてくる男に視線を向けてやるほど優しくはない。
あたしはやっぱりソファーに座ったまま、顔も上げずに言葉だけを投げるんだ。


「で、本題は?」
「ありゃ、ばれてた?」
「当たり前」
「そっか、やっぱりには敵わないや」
「お世辞は良いから」
「お世辞じゃないのに。……ヨンサ、また笑わなくなってたよ」
「ふうん、それで?」
「僕はヨンサの笑った顔が好きなんだ」
「そういやあいつの笑った顔、あんたによく似てたっけ?」
もそー思う?一応血縁者だからね、僕たち」


机の角を挟んだ隣、一人掛けのソファーに無断で腰を下ろした男の黒い手袋が視界に侵入して、これまた無断であたしの紅茶を一口。
あたしはそれに少しだけ眉を顰めて、でもすぐに手元に視線を戻す。
どうせ冷めてるから良いとしよう。不法侵入者をもてなすつもりは毛頭ない。


「やっぱりあの時僕も一緒に住めば良かったなー」
「そんな気更々なかったくせに」
「そんなことないよ。に訊かれた時ちょっとだけ、それも良いなぁって思ったんだ」
「ちょっとだけ、ね」
「あ、イジワルな言い方」
「性分ですから」


瞼の裏を流れ行く遠い記憶の中から黒髪の少年を2人捕まえる。
にこにこと愛想の良い方がにこりともしない方を引っ張って、そいつをあたしの前に押し出してこう言った。

「必ず役に立つから、この子をここに置いて」

あの頃はまだ人数も少なかったし、何より愛想の良い方があまりにも自信満々に言い切るもんだから、あたしはこくりと頷いたんだっけ。
そしてその後、了承ついでに愛想の良い方はどうするのかと訊ねたんだ。

「僕はひとりで生きていけるよ」

にこり 変わらぬ温度で笑った男は、変わらぬ温度で言葉を紡いだ。
それから繋いでいた手を離してさっさと立ち去った男の背を、愛想のない方がただじっと見つめていたのを思い出す。
もう二度と会うことはないと思っていたそいつとは、どうしたことかそれから幾度となく顔を会わせることになった。
あの子は元気?少しは役に立つようになった?人懐こい笑顔であたしに話し掛けては、会話の合間に必ず問いかける。
そんなに気になるなら自分で確かめろと何度口にしただろう。何ならあんたもあそこに住めばと、終いには溜息とともに告げた気がする。
だけどそいつは、一人で生きていけると笑った。でもあたしには、独りで生きなければいけないと聞こえたよ。
繋いだ手を必要としていたのは、きっと――


が何もしないなら、僕は戻って仕事を終わらせなくちゃ」
「その言い方だと何かしてほしいように聞こえるけど?」
「ん、久しぶりだからちょっと遊ぶのも良いかなって」


あたしは漸く視線を上げてにこりと微笑む男を見る。あ、短髪だ。
そして手入れを終えたばかりの、手の中で鈍く光る黒の照準を合わせた。


「遊んでくれる気になった?」
「トリガーも引けないやつがなに言ってんだか」
「…、なあんだ、ばれてたんだ」


くるりと銃を回して膝の上へ。視線の先の男は相変わらず人懐こい笑みを貼り付けたまま。


「いくら潤慶でも、利き手が使えないんじゃ話にならない」
「使えないわけじゃないよ。それに以外だったら左で十分だし」
「あっそ。ところでその指どこで落としたの?」
「どこだったっけ?忘れちゃった」
「やっぱ抜けてる」
「キビシー。……でもね、。僕はこの指を落としてちょっとだけほっとしたよ」


そう言って左手で持ち上げていたカップをソーサーに戻すと、瞳の中にしっかりとあたしを映し込んだ。
変わらぬ温度で紡ぐ唇は、当たり前のように緩やかな弧を描く。


「これでもう、誰も殺さなくて良いんだと思ったんだ。…そんなこと無理だってわかってるのに」


――細められた双眸の奥が翳っていようと気にも留めずに。


「…やっぱり潤慶は抜けてるよ」
「うん、そうかも」
「先生は相変わらず良い腕してるみたいだね」
「お陰で助かってるよ。この指もセンセイお手製だから。ほら、ちゃんと動くでしょ?」


黒い手袋の下、人差し指をぎこちなく動かして笑う。
剥き出しになったそれが皮膚の色と違うのはわざとなんだろう。昔から物を弄るのが好きだった三白眼の男ならもっと巧く作れる筈。


「さて、紅茶もゴチソウになったからそろそろ戻るね」


右手に手袋を嵌め直して立ち上がった男を見上げて膝の上に置いたままの拳銃を投げる。
左手でしっかりと受け取ったそいつは、噴き出すように笑った。


「……なんだ、空っぽだったんだね」
「とーぜん。手入れ中に暴発したら困るでしょ」
「…ん、そっか。そうだよね。忘れてた」
「ちょっと、流石にそれは抜けてるじゃ済まないよ。それともそんな間抜けな死に方したいの?」
「違う違う、そうじゃなくて。が僕たちを殺さないこと」
「…なにそれ」
「だってよく言ってたじゃん、家族は殺さないって。僕は一緒に暮らしてはなかったけど、僕も家族の一員だもんね」
「……そんなのもう忘れたよ」
「ヒドイなー」


手の中で鈍く光る黒を手慣れた手つきでくるりと回してポケットにねじ込んだ男は、ふにゃりと笑って背を向ける。
ゆっくりと遠ざかっていく足音にあたしは一度深く息を落として、音が止んだのを合図に引越しの準備をする為に立ち上がった。



刑さえでき
「だけどあたしは、その指が失くなる前に会いたかったよ」