「ねえ」 「何ですかお嬢様」 「はここを辞めてどうするの?」 「どうって、新たな雇い主を探すことになりますねぇ」 「何だったら私がお父様に進言してあげてもよろしくってよ」 「何をですか?」 「だから、このままあんたを専属の世話係りにしても良いって言ってるの」 ベッドの上でクッションを抱いて目尻を吊り上げるお嬢様に思わず小さな笑みが落ちる。 彼女とは明日で丁度一年の付き合いになるが、それと同時に付き合いを終える契約だ。 強制的に与えられた仕事な上に護衛対象のお嬢様は第一印象最悪だったこともあって、正直さっさと一年経てって思ってたんだけど、ね? 「は私が目を離すとすぐドジをするんだから、他の場所じゃ続かないわ」 「ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」 「全くだわ!が壊した物の総額はいくらになるのかしら?」 「さあ、わたくしには計りかねます」 「外に出る度に怪我をするし…そういえば私直々に手当てをしてあげたこともあったわね」 「その節はお嬢様のお手を煩わせてしまい大変恐縮致しました」 「今がこうしているのは私の手当てが完璧だったからよ」 「…仰る通りでございます」 その自分に対する多大な自信はどこから湧いてくるのやら。ちょっと誰かに分けてあげても良いと思うよ、大して減らないから。 ま、軽い出血に対して包帯をぐっるんぐるんに巻いてくれたのは確かに彼女だったけど。 ……それに、高飛車な物言いの中に潜む本音に気づいてしまえばどうやったって憎めないのだ。 「上條の専属になれば一生困らなくてよ」 この屋敷で彼女と歳が近いのはあたしだけ。父親の許可なしでは庭にも行けない見事な箱入り娘は、つまり遊び相手(主従関係はあるけど)を手放すのが惜しいのだ。 なんとまあ、可愛らしいおねだりだこと。言い方が違えばもっと可愛かったけどね。 「お心遣いありがとうございます。お嬢様はお優しいですね」 「当たり前じゃない」 「それではお嬢様、そろそろ横になりお休みになってくださいませ。夜更かしをさせたとなればわたくしが旦那様に叱られます」 「まだ返事を聞いていないわ」 「それは、――。お嬢様、申し訳ありませんがベッドから下りていただけますか?」 「は?…突然何なの?、ちょっと!」 うんそれこっちの台詞。にっこりと微笑んで彼女の手を掴み、そのまま少し強引に引きずり下ろす。 てかここの警備はどうなってんだ。今まで何度も抱いた疑問だけど、流石にこれはないだろ。ないないない。 窓が割れた微かな音とそこから入って来た物騒な気配に舌打ちしたいところをぐっと堪える。屋敷内まで侵入させてどうする。せめて庭で止めとけ間抜けども! お嬢様の前では一介の世話係りとして振る舞えとのことだけど、この状況で彼女に気づかせないように処理するのは無理。 ―契約違反?知るかんなもん。最優先事項さえ全うすれば良いんでしょう? 「少々騒がしくなりますが、お嬢様は極力音を立てずこちらが指示をしない限りこの場から動かないでください」 「だから何なっ、んん…!」 「お静かに。―よろしいですね?」 「……説明ぐらいしなさいよ、馬鹿」 塞いだ口から手を放せば納得いかないような言葉が漏れたが声量は随分と落ちたので良いとしよう。 裾の長い給仕服は動きにくくて好きじゃないけど、色んな物を隠せるとこだけは気に入っている。 この服を着るのもこれで最後だし、落ちない染みが付こうがあたしにはもう関係ないよね? * 蹴って殴って時には絞めて、終いにはナイフや銃までぶっ放す大立回りを彼女の前で惜しげもなく披露したのはこれが初めてだ。 予想もしていなかっただろう大盤振舞いにお嬢様はといえば声も出せないらしい。まあ、無理もないけど。 それでも震える膝を折り曲げることなく言い付け通り背中をぴたりと壁に付けて立っているんだから大したお嬢様だ。 年頃の女性の部屋に夜這いに来た無礼者どもが地に伏せるのは当然の報い。 まだ息はあるが動かなくなった侵入者たちに背を向けてお嬢様との距離を縮め―ようとしたのに、あっちから突っ込んできやがった。…最悪。 「!―ッ、」 「勝手に動くなって、言ったよね」 あたしが背を向けないと銃も構えられないとは、どれだけ自分の腕に自信がないのやら。 部屋の外で殺していた気配が漸く動いてくれたので遠慮なくナイフを投げる。言い付けを破って飛び込んできたお嬢様を咄嗟に庇った所為でいらぬ傷を負ったじゃないか。 「だ、だってが危ないと思ったから…」 「あら嬉しい、身を呈して助けようとしてくれたわけ。あたしも随分懐かれたもんだ」 「調子に乗らないで頂戴!」 「素直じゃないなー」 「……あんた、それが本性でしょう!今までよくも騙してくれたわねっ!」 「だってそーいう契約だったんだもん。いやあ、あの口調むず痒くて仕方なかったんだよねー」 「…」 「なに、言いたいことがあるなら黙っててもわかんないけど?」 「……。あいつらはどうして私の命を奪おうとしたの?」 「それはあたしじゃなくてあんたを溺愛してる男に訊いた方が良い」 「…お父様が関係しているのね」 多少は賢さがあるようで。端整な顔を顰めたお嬢様に口許だけでにやりと笑う。 「麻衣子、あんたが何も知らなかったのは仕方がない。でも、不可抗力とはいえ知ったんだから覚悟を決めな」 「……」 「全てを知って受け入れろとは言わない。ただ、甘くて優しい父親が持つ別の顔と、自分がいつ殺されても可笑しくないってことだけはしっかり頭に刻んどきな」 「…あんたを私専属のボディーガードにしてあげてもよろしくってよ」 「ご冗談を。一生麻衣子お嬢サマの護衛だなんて、命がいくつあっても足りやしない。遊び相手が欲しいってんなら考えてあげても良いけど?」 「遠慮させていただくわ!」 「やっぱり素直じゃない。ま、あたしの目の前で殺られそうになってたら助けてあげないこともないさ」 「……、何であんた女なのよ。男だったらフィアンセにしてあげたのに」 あ、うん。それこそ遠慮させていただくわって話だよね。 赤い顔を背けて視線だけを寄こしたお嬢様に、思わず小さな笑みが落ちた。 |