目に映る色も 耳に残る音も、全てが痛かった。
痛くて痛くてたまらなかった。
あたしと云う名の存在は、あなたになにをあげられたのでしょうか。

幼かったあたしは全てを包み込む覚悟も、やさしさも、何一つ持ち得なかったのです。

後悔という言葉は、いつだって先には来てくれないのですね。




。何してるの?」


静かに響いた声に伏せていた瞼を持ち上げる。不思議そうに眉を寄せた英士に微笑みかければ、刻まれた皺が少しだけ薄くなった。
変わらないなぁ と、また笑う。当然だが意味のわからない英士は、けれども気を悪くすることもなく慣れたように息を零した。


「昔のこと、思い出してたの」
「今度はいつ」
「中学の頃。ちょうど英士と会ったばかりの頃かなぁ」
「あぁ、懐かしいね。10年前くらい?」


飲酒や喫煙が許されるようになったのは2年ほど前のことだから、ちょうどそれくらいだろうか。
散りつつある桜並木を通り抜け各々が緊張した面持ちの中に期待を織り交ぜていたあの日、英士の周りの空気だけが他とは違っていた。
ほんの数か月前までランドセルを背負っていた少年には見えない、ひどく大人びた空気を違和感なく纏っていたと思う。
男の人を――それも、自分と同い年の 男の子 を綺麗だと思ったのは初めてだった。


「明日、どうするの」
「どうもしないよ。英士と同じ、人が少なくなった時に近づいて おめでとう って言うの」


言葉の違いとか、文化の違いとか―国の違いとか、そんなものどうでもよかった。
あの頃のあたしだって同じ、どうでもいいと思っていた。
だって、難しいことはよくわからなかったから。幼いあたしには、目の前で微笑んでくれるあなただけが重要だった。
それ以外なんて知らなかったし、知ろうともしなかった。
多くの時間を共有したわけじゃない。紙面上での会話や、機械を通した会話が多かった。

もっと早く出会っていたら

そう思ったことは何度もあったけれど、でもその言葉はあの日々を否定することになってしまう。
そもそもあなたと出会うきっかけになってくれた英士とこんな関係になれたのだって、あのタイミングだったからだろう。
それ以前でも、それ以降でもだめだった。少しでも異なっていたら 今 はなかったのだ。


に言われたら泣くかもね」
「ううん、きっと笑うよ。潤慶の涙を拭うのはもうあたしの役目じゃないから」



エンドロールの向こう側


白によく映えるふたつの眩しい笑顔に泣いてしまうのはあたしの方だ。






--------------------------------------------

笑顔がよく似合うあの人の結婚式前夜のお話。