目が覚めると、見覚えのない白い天井が飛び込んできた。なんだろう、どうしてこんな場所にいるのかな? ぐるりと視線を動かして、漸くここが学校の保健室なのだと気づく。 ゆっくりと起き上がり布団の下の体操着を見て、そういえばさっきまで体育の時間だったことを思い出した。 その後どうなったのかと思考を巡らせていればシャッとカーテンの開く音がして、顔を上げると保健室の先生と目が合った。


「あら、目が覚めた?」
「はい。あの、」
「体育の時間に倒れたそうよ。貧血かしら?昨日ちゃんと寝た?」
「えっと、変な時間に寝ちゃって」
「そう。まだ日差しも強いし気をつけないとだめよ。気分はどう?大丈夫なら制服に着替えてね」
「…これ、誰が」


わたしが眠っていたベッドの横に、体育の前に畳んだままの形で制服が置かれていた。 不思議に思って訊ねるわたしに「女の子が持って来てくれたのよ」と言って、先生はわたしが着替える為にカーテンを閉めた。 きっとちゃんだ。明日お礼を言わくちゃと思いながら制服に着替え、ベッドを整えてカーテンを開ける。 どうやら眠っている間に放課後になったらしい。先生にお礼を言って荷物を取りに教室へ向かう。 階段を上っている途中でふわふわの茶色が見えて思わず目を瞠ると、わたしの横を通り過ぎると思った若菜くんはわたしを見て立ち止まった。


「あ、。もういいのか?」
「うん、大丈夫」
「貧血?」
「たぶん、先生はそうだろうって」


若菜くんは一瞬だけ怒ってるような、困ってるような顔をして、でもすぐに小さく笑うとわたしに向かって手を伸ばした。


「…あ。持って来てくれたの?」
が持ってこうとしてたんだけど、委員会行かなきゃいけないらしいから代わりに頼まれた」
「そうなんだ。ごめんね、ありがとう」
「…」
「……あの、若菜くん?」


お礼を言って鞄を受け取ろうと手を伸ばしたのに、若菜くんはわたしの鞄から手を放さずにじっとわたしを見つめている。 どうしたらいいのかわからなくて視線を泳がせると、やがて若菜くんが静かに言葉を紡いだ。


「前から言いたかったんだけどさ、若菜くんて止めね?」
「…え?」
「昔みたいに名前で呼んでよ。そしたら俺もって呼ぶから」
「……ゆうと、くん?」
「おう!」


見上げた先の結人くんが教室で見せるのとはまた違った太陽みたいな笑顔を浮かべていたから、わたしの顔は嬉しくて嬉しくてだらしなく緩んでしまった。 そんなわたしを見て結人くんが笑う。その笑顔は、昔と同じやさしい笑顔――そうか、手を伸ばせばいつだって触れることが出来たんだ。 先に距離を置いたのはわたし。結人くんはなんにも変わってなかったのに、色んな理由を付けて隣にいられなくなったのは わたし。 そんなわたしを、結人くんはずっと待っててくれたんだね。こうしてわたしが手を伸ばすのを、ずっと待ってたんだ。 結人くんの手から放れた鞄を今度こそしっかり受け取ると、伸びてきた手に反対の手を取られてびくっと肩が震えた。 ぱちぱちと瞬きを繰り返して結人くんを見上げれば、そこにはわたしの大好きな笑顔


「久しぶりに一緒に帰ろうぜ」
「うん、それはいいんだけど結人くん、手…!」
「だってこうしてないと、ってすぐ転ぶだろ」


いつだって見てるだけで、手を伸ばすことが出来なかったわたしとは違い、結人くんは簡単にその距離を埋めてしまう。 昔みたいに隣にいられることが嬉しくて、名前で呼んでくれることが嬉しくて、 いつかみたいにふたつのダムが決壊しそうになったけれど、視界がぼやけて大好きな結人くんの顔が見えなくなってしまうのは嫌だから強引に引っ込めた。 話したいことは沢山ある。家に着くまでの時間で足りるかなあ。…たぶん、ううん絶対、そんなんじゃ足りないや。 だけどもうわたしから距離を置いたりなんかしないから、結人くんが隣にいてくれる限り、時間はいくらでもあるよね。
繋がったふたつの影は、夕日が長く長く伸ばしてくれた。





「結人くんほっぺ赤いよ?」「あー、女に叩かれた」「え…!」「には叩かれない予定だから大丈夫」