その日は雨が降っていた。天気予報を見忘れたわたしは、傘を持っていないので下駄箱で靴に履き替えただけで一歩を踏み出すことが出来ない。 見上げた空からはぽたぽたと沢山の雫が落ちてくる。これくらいなら走って帰ろうか。だけど家まで距離があるからびしょ濡れになってしまう。 明日もこの制服を着ないといけないので、急いで洗濯して乾燥機を回さないと間に合わない。 どうしよう、呟いてみても雨音に消されてしまってどうすることも出来ない。 そして、雨音ばかりを拾っていたわたしの耳が、その音を掬い上げたのは偶然だったのだ、 「好きです、若菜くん」 どきりと心臓が跳ねた。テスト週間なので部活は休みだし、もうじき完全下校の時間なので殆どの生徒は下校したと思っていた。 どきどきと騒がしい心臓を両手でぎゅっと押さえつけて足元を見る。 わざとじゃないけれど、告白の現場に居合わせてしまった。しかも相手は同じクラスの若菜くん。 気づかれたらどうしようと息を殺して終わるのを待つ。どうしよう、今のうちに走って行こうか。だけど足音で気づかれちゃうかもしれない。 ぐるりぐるりと廻り出した頭は、聞こえた音にぴたりと動きを止めた。 「付き合いたいってこと?」 「…若菜くんがいいなら」 「いいよ。でも俺サッカー中心だから、あんまり相手できねぇぜ?」 「うん、うん…!ありがとう、嬉しい!」 「じゃ一緒に帰っか?俺傘忘れちゃってさ、持ってる?」 近づいてくる足音に慌てて足を動かした。水溜りを踏んでしまってばしゃばしゃと水が跳ねる。 靴下に泥がついたかもしれない。お母さんに怒られちゃうな。 頭の中でわたしが呟いたけれど、そんなことどうでもいい。若菜くんに彼女が出来た。 同じクラスの若菜くん。隣の家の若菜くん。 わたしは若菜くんの幼なじみだ。だけど、この学校でそれを知っているのはわたしと若菜くんだけ。 同じクラスの若菜くんとわたしは言葉を交わすことが殆どない。話すことがないので話す必要がないのだ。 若菜くん若菜くん若菜くん 張り裂けそうな心臓を押さえていると、足がもつれて前のめりに転んでしまった。 アスファルトに手をついて起き上がる。あぁ、膝が擦り剥けちゃった。 ずきずきと痛む足を押さえて蹲る。痛い痛い痛い。あまりにも痛いから、ふたつのダムが決壊してしまった。 ぽろぽろと零れ落ちる水は、冷たい筈なのに熱かった。
泣かないで、かみさま
すき。すきです、若菜くん。お願いだから これ以上遠くにいかないで、 |