「……どうして私が同席しなければいけないのか理解と納得が同時に出来るよう説明して下さい」


思った以上に低く硬い声が出た。
この場の空気がひんやりとしたのは気の所為であり、万が一そうであったとしても私だけの所為ではない。
私の真正面に突っ立ったままの男の表情は実に硬く、眉間には彫刻刀で彫ったような深い皺が刻まれておりその瞳に映る色は混沌として冷めている。
「結人」。彼の親友の片方が声を出したことで冷え切っていた瞳に温度が戻った。


「だって今日誕生日じゃん」


一人にこにこと笑う空気を読まない泣きボクロに肺から多量の二酸化炭素諸々が排出される。
そういうことを聞いているんじゃない。確かに今日は誕生日であるが、そうではないのだ。
わかっていてなお笑みを崩さないどころか深めた男に私は額を押さえたい衝動に駆られた。


「藤代ー祝ってくれんのは嬉しいけどさ、野郎ばっかの中に女一人ってどうなの?こいつら顔見知りではあるけど話したこととか全然ないんだぜ?」


大袈裟に肩を竦めて困ったような口振りの台詞を意訳すると、
「どうしてこいつと一緒に祝われなければいけないのか全く意味がわからない」。となり、言いたいことは私とほぼ同じようだ。
――が、しかし、保護者同伴でない泣きボクロの彼を止める者は残念ながらいないわけで、


「だって大勢のが楽しいじゃん。それに俺二人とも祝いたいし一度で済むから丁度良いと思って」


実に自己中心的な意見である。呆れて物も言えない。
本日の主役である私達二人の関係が冷え切っていることを知っている彼の親友達は片方が成り行きを見守るように沈黙し、
片方は気遣わしげな視線を兄と、何故か私にまで向けている。
そして、空気を読まない男に対しては若干厳しい視線を向けているように思うのだが彼は兄の番犬か何かだろうか?


「そーだこれプレゼント!双子だからオソロイにしてみましたー!」


相変わらず一定の距離を保ったまま微動だにしない私達に実に楽しそうな声と共に渡された袋。
「オソロイ」だと聞いた瞬間、真正面の男の顔がぴくりと引き攣ったのを目撃してしまったがきっと私も似たような反応をしていただろう。
「サンキュー何だろ?」一拍の後にいつもの―と言っても私に対してのものではないが―調子で顔を綻ばせた兄は断りもなくガサゴソと音を響かせ袋を開ける。
それを見た泣きボクロにお前は開けないのかと視線で問われたが無視を決め込む。


「へーえ、カッケエじゃん」


黒と青を基としたストラップを手に口角を上げた兄を泣きボクロは満足そうに見やる。
―それにしても、黒と青。実に「らしくない」色だ。
人が兄から連想する色のトップはオレンジ。そうでなくとも派手で明るいものが多い。
まあ私に言わせれば黒も青もお似合いだと思うが、兄の外面しか知らない者にしては意外であろう。
その証拠と言うほどでもないがそれを見た一人は僅かに目を瞠り、一人は切れ長の双眸を細めた。


「開けないの?」


今度は言葉で問われた私が動く前に問うた本人が私の手から袋を奪い取り中身を曝した。
オソロイと謳っていた通りデザインは同じだが色は違ったようだ。白と赤。正に対照的。


「俺的二人のイメージカラーにしてみた」


にんまりと笑う顔に拳をぶち込みたくなったのは衝動であり、実際に行動を起こすことはしない。


「…」
「……」


ぴたりと動きを止めた私達の間にとても静かな声が割って入った。「この色が似合うくらい物静かになれると良いね」。
淡々とした中に揶揄るような色を混ぜたのは意図的なものだろう。「やったな結人、今年の目標出来たじゃん」。
調子を合わせたような声が響き、それに応えるように「お前らなあ…俺は元々知的でクールな男だっつーの!」
と、憤慨したような声。更に続いていく三人のやり取りは実に自然体で、いつも通りの若菜結人の姿に泣きボクロの男は冷えた目を細めた。

私が見ていたことに気付いたのだろう、くるりと首を回した際の笑顔に苦々しい感情しか浮かばない私は
望んではいないがこの男の性質を理解しつつあるのだ。これぞまさに不可抗力。


「何で白と赤なのかわかる?」
「さあ」
「もーちょっと興味持ってよー」


仲睦まじく言葉を交わしていた三人が此方に意識を傾けたのがわかり、何だか妙に居心地が悪い。
けれども標的を私に変えて瞳に鈍い光を灯した男に抗う術は今のところ持ってはおらず、精々黙することくらいか。


「何にでも染まっちゃうくらい純粋で、でも実は激しいから」


口を噤んだままの私に揚々と答えを告げる様は実に楽しそう。


「……」
「あれ?無反応?」
「…、―― 」

「藤代」


お望み通り何か言ってやろうと私が口を開くのを遮るように響いた声は何の感情も抱いてないかのように静かで、


「俺色に染めてやろう。―て? そりゃハードル高いと思うぜ?」


にんまりと笑った時にはもう可笑しくて堪らないとばかり震えていた兄の声。
しかし冷え切った内面が滲み出た一瞬を泣きボクロの愉快犯が逃す筈はなく、性質の悪い男は嬉々として満面の笑みを浮かべて見せた。


「じゃあさ「誠二」、…ん?」


もう少し。更なる揺さぶりを掛けようと開かれた口を黙らせる為に名前を呼べばことりと傾く首。
まるで「名前を呼ばれたことが嬉しい」と言うように弛められた表情の裏側が見え隠れしていて私は今度こそ額を押さえた。


「もう気は済んだでしょう。邪魔になるから帰ろう」
「えー…でもま、折角誕生日なんだしデートしよーぜデート!てことでまたな若菜」


「あと真田と郭も!」無邪気な笑みを浮かべひらりと手を振ればあっさりと身を翻す。
「あいつらほんとに付き合ってたんだ…」。拾ってしまった声にはやはり苦い感情しか生まれない。
一秒でも早くこの場から離れたくて前へ前へと進む足を止めたのは随分と久しぶりに聞いた音


「今日は家に顔出せ。絶対だぞ」


感情は、読めない。
振り返った先、私の名を呼んだ兄はそれだけ告げればすぐに私から視線を外し親友達二人に楽しそうな笑顔を向けていた。
…全く意味がわからないよ、結人。