「わたしのこと、すき?」 じっと目を見て訊ねれば、克朗はやさしく微笑む。 その口が何も言わないことくらい知ってる。克朗はただ笑うだけなのだ。 「かつろー、すき。だいすき」 繰り返し繰り返し、呪文のように音に乗せる。 その度にやさしく双眸を緩める克朗の胸の内をわたしは知っててしらんぷり。 手、おでこ、ほっぺまではセーフ。でも口はだめ。 ねだるように首に手を回すのは許してくれるけど、抱きしめてはくれない。 でもね、わたし知ってるよ。 克朗はわたしを拒否したりしないってこと。 全部を受け入れてはくれないけど、全部を否定したりもしないの。 だって克朗、わたしのことすきだもんね。 …んん、ちょっと違うかな。「きらわれたくないんだもんね」が正解。 わたしのこと甘やかしてくれる克朗はすき。 でも、甘やかしてくれないならいらないの。きらい。 わたしはばかな女だから、克朗がわたしを甘やかしてくれなくなったらすぐに別の人のとこへ行くよ。 やさしい克朗は、ばかな男にほいほい釣られてぼろぼろになるわたしが見てられないんだって。 へんなの。わたしのことほんとはすきじゃないんだから、放っておけばいいのに。 こつんとおでこを合わせれば、じんわりとあたたかさが広がった。 「かつろー、すきだよ」 どこまでもやさしくわたしに触れるその手のひらが、わたしだけのものである内は。 毒入りチョコレート 喉が焼けるような甘さで溶かしてあげる。 「わあっ…!見てくださいピアノ屋さん!雪です、雪!」 「うん、そうだね。嬉しいのはわかったけどあんまりはしゃぐと転ぶよ」 「そんなドジじゃありませんー」 「だと良いけど」 「むー。信じてませんね?」 「そんなことより写真屋さん、これは撮らなくて良いの?」 「はっ!そうでした!ちょっと待っててくださいね」 「急がなくて良いよ」 ぱしゃり 「……、ストップストップ!そっち線路だから入っちゃだめだよ」 「大丈夫ですよー今電車来てないし」 「そういう問題じゃないだろ。小さい子が真似したらどうするの?」 「それは……でも、雪が積もった線路の上を歩くなんて風情があって良いじゃないですか」 「へえ、写真屋さんそんな言葉知ってたんだ?」 「馬鹿にしてますね!?」 「あ、そろそろ帰らないと」 「ピアノ屋さん!話を逸らさないでください…!」 「行くよ、写真屋さん」 「……うぅ、ずるいです。片手じゃカメラが作れません…」 「子供は体温高いってほんとなんだ」 「ま、また馬鹿にした!」 冷たい手が頬を滑る。 焦らすように、それでいてあたしを追い詰めるように下りて行く手は、鎖骨にがりっと爪を立てた。 「痛い」 「ごめん」 堪らず声を上げるあたしに、誠二は楽しそうに笑う。 言葉と態度が正反対。口先だけの謝罪にはなんの意味もないのだ。 これ以上文句を言っても無駄だと知っているのであたしは顔を顰めるだけで口を閉ざす。 誠二は無邪気な残虐さを秘めている。 たとえばそれは、グリム童話の白雪姫に出てくる王子に似ていると思う。 真っ赤に焼けた鉄の靴を妃に履かせ、悶え苦しむ彼女を見て「踊ってるようだ」と笑う。 別に白雪姫でも良いのだけれど。確か王子は死体収集家でもあったな。 朦朧とする意識の中でうろ覚えの記憶を引っ張り出す。 生理的な涙が浮かんできた瞳に映るのは、楽しそうに笑う歪んだ誠二の顔。 圧迫された喉が、声にならない声を発する。 「っ、はっ…!」 「苦しかった?」 当たり前だと訴える代わりに力ない瞳で鋭く目の前の男を射るけれど、さっぱり効果はないようだ。 細めたことによって滑り落ちた水を追うように冷たい唇が触れる。 ざらりとした舌が瞼を掠めて、かじる。ぴりっとした痛みにまた一つ涙が落ちた。 「俺のこと嫌いになっても良いよ」 どこまでも無邪気に笑う。 何も言わないあたしに少しだけ首を傾げると、冷たい唇を額に押し当てた。 「でもね、好きにはならないで」 そしたら俺、ずっと好きでいられるから。 どこまでも自分勝手な男だ。 ずっと好きでいられるなんて言いながら、ずっとあたしのそばにいようなんて思ってないくせに。 思わず鼻で笑うと今度は耳をかじられる。 誠二は嘘吐きではない。嘘吐きなんかよりよっぽど性質が悪い。 だって誠二の舌には、大きな穴が空いているのだ。 「好きだよ」 この男はぴりりとした舌であたしを溶かして、すべてを消してしまうつもりなんだ。 わかっていて何も言わないあたしは、きっと―― 酸性キャンディー どこまでも救えないと、あたしは笑って目を閉じた。 |