〜もしもアフターヒロインが前世の記憶を持ったまま原作世界に転生したら〜


ゆっくりと何かに引っ張られるように目を開ける。
赤茶色のふわふわの髪をした可愛らしい女の人と目が合ってふわりと微笑まれた。
それから女の人の白くて細い腕が伸びてきて、あたしの身体を持ち上げる。……持ち上げ、る?
びっくりしてぱちくりと目を見開き、やがて視界に入った小さくてぷにっとした手。
……あぁそうか、無事に転生できたのか。
そういや見目可愛らしい少年の罪を償い終えたので門を潜って転生したんだった。
………あれ、転生?なんであたしそんなこと覚えてるの?転生したんだよね、なにこの記憶、…え?

「おぎゃー!(カズさああああん!)」

思わず叫んだ声は言葉にはなってくれなかった。


拝啓、神様。
前世の記憶だけならともかく、上での記憶まで持ち合わせて転生しちゃったとかあり得ないですよね?
これなんのイジメですか?こんな記憶が残ってたら新しい人生も何もありません。
てか職務怠慢じゃないのこれ。普通は記憶消すでしょ?てか死後の世界での記憶があるとか大問題なんじゃないの?
予定外の干渉とかそんな答えだったら聞きたくありません。
――取敢えず、メンドクサイ。

あ、ちなみにあたしの名字椎名って言うらしいです。
更に言うなら双子の兄の名前は翼って言うらしいよ。……マジないわ。



あ、どうもこんにちは。現世に生まれて早15年、前世より1年長く生きることが出来てます。
現世とか前世とか何の話って思いますか?あたしも思います。
簡単に言うとあれです。
極稀に母親のお腹の中の記憶とか前世の記憶なんかを持って生まれてくる人っているじゃないですか。
あたしの場合その後者になります。ついでに言えば死んでから転生するまでの間の記憶も残ってたりします。
成長するにつれて薄れてくかなーとかちょっとだけ期待してたけど一向に消えてくれません。正直ウザい。
この記憶の所為で前世と全く同じ性格に育ったよ!なんでか見た目まで同じだよ!
翼と双子だからちょっとは可愛くなるかなって期待してたのに…まあ性別違う時点で二卵性だから似てなくても可笑しくないけどさ、夢くらい見させてよ。
双子の兄と可愛い母とは似てないけど父とはそれなりに似てるから、あたしはそっちの遺伝子が濃いんだと思う。

あぁそう、翼。
いつだったかふざけて「双子になったらどうする?」とか言ったことはあったけど、まさか実際そうなるとは思ってなかったよ。
てか生まれ変わってまで鬼上司と一緒とかほんと無理。同姓同名の別の魂でありますように…!とか思ってたのは十年以上前の話。
だってさ、15歳に育った双子の兄の姿はあたしが知ってる鬼上司のそれと全く同じなんだもん。
成長するにつれて鬼上司に似てくる兄を、妹のあたしは複雑な心境で見つめていました。
そんなあたしの熱い視線を受けても兄は首を傾げるくらいで、言葉という名のナイフを突き刺してきたことは一度もない。

そう、翼には前世の記憶も上での記憶も全く残ってないらしい。

もし翼まで記憶があったらと思うと……ぶるりと震えた身体を抱きしめる。
そんなあたしに気づいて、隣に座っていた双子の兄が首を傾げた。

「寒いの?」
「ナオキのギャグがあまりにも寒すぎて」
「アイツ馬鹿だからね」

安心したように笑ってぽんぽんとあたしの頭を撫でる兄にへにゃりと笑う。
これがあの鬼上司と同じ魂だなんて……あ、でもナオキへの対応は幽霊やってた頃のあたしへの対応とそっくりだからやっぱりそうなんだろうな。

「玲が来るまでゆっくりしてて良いよ」

立ち上がった兄を視線で追う。…あ、ナオキが蹴られた。
玲ちゃんは飛葉中サッカー部の監督であたしと兄のはとこ。
……うん、小さい頃から思ってたけど、あの美人なはとこは、あの玲さんの生まれ変わりだと思うの。
そうそう、見た目も中身も前世と変わらないあたしだけど、成績面ではかなり優秀になりました。
一度習ったことがあるからってのも勿論あるけど、妹に優しい兄やはとこが丁寧に教えてくれたからってのが一番大きい。
飛葉に転校してくる前は兄と一緒に名門校に通ってたくらいのレベルだったり。
その所為かキューピーって言う残念な見た目の教師に気に入られててちょっと嫌。
しかもあの人、あたしが鬼上司は女の子だって騙して上に連れてったサラリーマンにそっくりなんだよなー。
残念だったねキューピー、生まれ変わっても翼は男な上に嫌われてて。

「なに一人で笑ってんだ?」
「や、ちょっと思い出し笑いを」

聞き慣れた声に顔を上げる。日に焼けた肌、兄にしたい人No.1な男前。
未だにぼーっとしてるときとかは黒川さんって呼びそうになるから困る。だって今はあたしのが年上だもん。一つだけど。

「マサキは混ざんないの?」
「疲れたから休憩」
「じゃあ座んなよ。見上げて話すと首痛い」
「アンタ小さいもんな」
「いやいや今は座ってるから関係ないって」

確かに今のあたしは翼よりも小さいけど、小さい云々の話ならマサキだって小さいじゃん。
転校してきて初めて会ったとき、小さくなった黒川さんには随分驚いたっけ。
何も知らないマサキに黒川さんの話をしたって仕方ないので口には出せないけどさ。不機嫌そうに眉を寄せれば軽く撫でられた。
くくっと笑うマサキは相変わらずの男前。中学生っぽい面もあるけど、あたしが知ってる黒川さんとほんとそっくり。

近づいてくるバイクのエンジン音に立ち上がる。そろそろ休憩終わりかな。

「玲ちゃ、監督が来たっぽいから練習始めるよー」


拝啓、神様。
二度目というか三度目というか、新しい世界での生活はそれなりに楽しかったりします。
…あ、でも出来れば面倒な記憶は早く消してくださいね。



あーうん、なんかさ、色々あり得ないんだけど。
桜上水との試合でうちが負けちゃったのはまあ仕方ないとして、だ。

落ち込んでる兄は暫くそっとしておくことにして他の部員に声を掛けながらちらりと対戦相手だった桜上水のベンチを見る。
……うん、知ってる顔がうじゃうじゃと。
翼、玲さん、黒川さん、キューピーだけでも多いのに、知ってる顔に会いすぎだろ。
あのちびっこくんはあれでしょ、あたしが初めて連れてったちびっこの成長した姿でしょ。
それで髪は短いけどあの美少女は有希さんに間違いない筈。
ショートカットの女の子は両親が上に来るまで働くことになったみゆきちゃん。
そんな彼女の希望を叶えた渋沢さんは……あそこにいる武蔵森のキャプテンの渋沢さんだし。
…武蔵森に関しては同姓同名かなってスルーしてたのに実物見ちゃったらもう否定できないなこりゃ。
渋沢さんの隣で騒いでるバカ基エースストライカーで有名なあの男はあれだ、あたしの知ってる藤代で間違いない。
てかアイツこっちでもサッカーやってるとかどんだけサッカー好きなわけ。しかもこっちでも実力者。
前世での腐れ縁だったアイツのことは置いといて、騒がしい桜上水に再び視線を向ける。
あのイケメンってやっぱり水野さんだよなー。そんでもって視界に入れないようにしてたけど入ってくる金髪は、

「シゲ、お前はさっさと病院に行け」
「嫌やわあたつぼん、お医者さんごっこしたいなら言うてくれればええのに」
「ふざけんな…!」

……うん、ドンマイ水野さん。あっちでもこっちでも金髪の所為で苦労が絶えないみたいですね。
あの金髪関西弁は間違いなく若くなった藤村さんだな。…あ、でもここでは佐藤なんだっけ?
関わらないようにさっさと視線をそらせば、偶然にも向こうの監督と目が合って小さく笑みを向けられた。
すっかり板に着いた営業スマイルを返しつつ記憶を辿る。
あの人、松下さんと言うらしい。そして鬼上司を次の神にしようとかふざけたことを考えちゃった前任の神も松下さん。
実際に会ったことはないからあの人に関してはわからないけど、でもなぁ……下の名前もね、同じなんだよね。
ちょっと珍しい感じの名前だったから覚えてた。同姓同名説を唱えるべきか、いい加減諦めるべきか……。
一つ息を零して空を見上げる。前世と同じく霊感なんて皆無なあたしにはぷかぷか浮かんでる幽霊が見えるなんてことはない。
ないけど、それでも――


拝啓、神様。
なんか、知ってる人というか魂と遭遇する率が高いんですがどういうことですかねー?
そしていつになったらあたしの記憶は消えるんですか?



「ごめん玲ちゃん帰っても良い?」
「どうして?」
「えーと、うーんと……」

苦手なあの人のそっくりさんを見つけちゃったからです。…とは言えない。
困った顔をする玲ちゃんに冗談だと笑って気づかれないように溜息を一つ。
……カズさん、実はあたしのこと嫌いなのかな。今日も今日とて遥か遠い場所にいる神様に想いを馳せる。
上の人たちだって暇じゃないから、一人一人の人生を見物してないのはわかってる。
だけどさ、それなりの時間を一緒に過ごした人が転生したんだったら、暇な時にでも見てくれても良いと思うの。
毎日のように空を見上げてカズさんにテレパシーを送ってるあたしに気づいてくれても良いじゃないか!
昭栄さんの愚痴だっていっぱい聞いたのに。二人で熱く語り合ったり…はしてないけど、それなりに仲良くしてたのになー。
あたしの願いはスルーですか?記憶消すくらい簡単だろうに……。

天城さんのことは一度試合して知ってたから別に良い。でもさ、あの刈り上げの人がいるとは思いもしなかったよ。
サッカー部マネージャーはやっててもサッカー雑誌なんて読みません。
この世代で有名だろうがなんだろうがあたしが知ってるわけがない。
あの人が来るかもってわかってれば、マネージャーなんて引き受けなかったのに……マジねーよ。
渡されたばかりの選手名簿に視線を落とし、顔写真と名前に口許を引き攣らせる。

郭英士。この三文字と隣に写った澄ました顔が憎い。…あ、嘘です怖いだけですスイマセン。
魂は同じでも転生後の見た目や中身、性別は変わるのが普通なのに、なんでこの世界には全く同じ顔や名前の魂が溢れてるの?
門を潜った時期だって違うのに、どうねじれたらこんなに揃うのか。
しかもみんなしてサッカーしやがって。生まれ変わったあたしへの嫌がらせか!サボったりもしたけどそれなりに真面目に働いてたのに…!
ぱらぱらと資料を捲れば、見たことのある顔が他にもいくつか。そろそろ心が折れそうです。


拝啓、神様。
知ってる顔が勢揃いしてることはもう諦めます。仕方ないって割り切ります。
だからどうか、この面倒な記憶だけを綺麗さっぱりすぽっと消してやってください。
何ならここで死んだ後また働いても良いんで、ほんと、後生ですからカズさんあたしの胃に穴が開く前にどうぞ一つ!



ドイツに行っちゃった天城くんの家族構成やら何やらがあたしが知ってる天城さんと同じだったのはまあ良い。
今、あたしは韓国にいます。飛行機には乗ったことあるけど、韓国は初めてです。
明日の親善試合の前に玲ちゃんの計らいでみんなで焼き肉。美味しくいただいてます。
…いただいて、ます。

「へー、オンナノコもいるんだ。マネージャー?」
「……東京選抜のマネージャーを務めてます、椎名です」
「シイナちゃん?僕は潤慶、ユンって呼んでね」

大きくなったユンくんに握手を求められたので右手を持ち上げようとしたら、その手を横から掴まれた。
ついでに言えば差し出されていたユンさんの右手は別の手によって叩き落とされている……何故?

「試合前に対戦相手とよろしくするつもりはないから」
「うちの従兄がごめんね椎名さん、相手にしなくて良いよ」

あたしの手を掴んだままユンさんに可愛らしい笑顔を向ける兄と、涼しい顔でユンさんの手を叩き落として謝罪を述べる郭くん。
息ぴったりな二人は、こっちでもやっぱり似ている部分がある。てか、ユンさんと郭くんがいとこだなんて……。
もしかして郭さんとユンくんも関わりがあったのかなー。年の差があるから似てることに気づかなかったけど、目の前の二人は血縁者だけあって確かに似てる。

てかさ、年齢と同じ分だけ一緒にいる翼の態度にはなれたけど、数か月前に出会ったかつての苦手な人の態度は未だに慣れない。
あたしに対して優しい郭さんとか、何だそれ。
何も悪くない郭くんには申し訳ないんだけど、以前の苦手意識が強すぎてここでもやっぱり苦手です。
ほんと、ごめんよ郭くん。きみが優しい人だってのはわかってるんだけどね。
荷物運んでたりすると手伝おうかって声かけてくれるし、困ってるとさり気なく助けてくれるし。
苦手意識ってなかなか消えないものなんだなー。
営業スマイルが得意で良かった。今のところ、あたしが郭くんを苦手としていることは誰にも気づかれていないっぽい。


拝啓、神様。
翼と郭さんってそれなりに仲良かったですよね?
ここでの二人はあんまり仲良くないみたいです。同族嫌悪?偶に無言で睨みあってるから怖い。
名前や外見や性格は同じでも、違う部分もあるんですねー。

見た目が同じだけで実は違う魂なんじゃって考えはとっくに捨ててます。
だって、こうも知ってる顔が揃ってたら別人とは考えられないでしょ?



ナショナルトレセンが始まります。日本中のサッカー少年の集いです。
当然のようにここにも知ってる顔がちらほらと。……だからなんでお前ら揃いも揃ってサッカーやってんだよ。
無気力幽霊とかその幼馴染とか爽やか幽霊とかね。
てか凄いよ日生さん。あなたの執念に感動しました。小岩くんって小鉄くんだったんだねー。
…と、現実逃避するのはこれくらいにして。

「どげんしたらあげなこつ出来るん?あぁ!?」
「すんませんカズさん!でも、」
「せからしかあ!」
「ほげーっ!」

……。あれ、なに?そっくりさん?
ドタバタと熱血指導をしている体育会系な集団からそっと目を逸らす。
あたしの中にある前世というか死んだ後の記憶によれば、ついさっき見事な跳び蹴りを披露した迷彩柄の帽子を被った人と、
その跳び蹴りを受けてぶっ飛んだゴーグルをしたガタイの良い人は、あれなわけで……。


拝啓、神様。
どーりであたしの願いが叶わないわけですね。
カズさん、いつの間に生まれ変わったんですか?
水野さんもこっちにいるってことは、今の神様はあたしとは無関係な人なんだろうなー。

見上げた空に盛大な舌打ちを一つ。誰でも良いからいい加減気づきやがれ!