「物語に感情移入をするのは得意なのに、なんで他人の気持ちを理解することはできないんだろうね」

理解するなんてことは不可能に近いと思うけど、
だけどせめて、少しでもわかるようになりたいんだ。

傷つけてばかりのあたしがこんなこと想ってるって知ったら、少しは好きになってもらえるかな。



「かずくんって視力いくつ?」
「両目1.0以上」
「えーしくんとゆーとくんは?」
「同じくらいじゃね?」
「ふーん。じゃあえーと、ゆ…ゆ……「ユン?」そう。ゆんくんは?」
「多分アイツも同じくらい。てかさっきから何だよ」
「……メガネ、かけないのかなぁって」
「…は?」
「あのね、この前すっごく素敵な黒縁メガネ見つけてね、誰かかけてくれないかなぁって」
「自分でかければ」
「だってあたしメガネ似合わないんだもん」
「あー……ドンマイ?」
「かずくんかけてよ」
「視力悪くねーから裸眼で十分」
「じゃあ度なしの探すから。ね、お願い!」
「メガネなんて邪魔じゃん」
「うー…でもでもかずくん絶対似合うと思うの」
「…ってメガネフェチ?」
「違うよ、あたしが好きなのは黒縁メガネだけだもん」
「…」
「…?」
「……まぁ、一回くらいなら良いけど」
「ほんとに!?かずくんに似合うの探してくるから受け取ってね!写真撮らせてね!」



頭の中は空っぽで、それなのに抱きしめたくて仕方なかった。
だけど見下ろした両腕はちっぽけで、抱きしめられるほどの力はなかった。
ごめんなさい。
それでもこの腕を伸ばしてしまうのは罪ですか?



「あーもう、俺って何なんだろ」

ぐすん。わかりやすい演技で泣き真似をして膝を抱える。
あれ、なんか本気でへこんできたかも。
そのまま膝に顔を押し当てていると、ふわりと柔らかいものが頭に触れた。

「なんだよ」
「…うん。うんうん」
「や、返事になってねぇし」

ぽふぽふと撫でるように、そして終いにはわしゃわしゃと撫でまわす。
口を尖らせて顔を上げれば満面の笑顔

「どーせなら抱きしめてくれればいいのに」
「それは彼女の仕事でしょ」

だから早く仲直りしなね。
立ち去って行く背中に文句の一つでも投げつけてやろうかと思ったけど、止めた。



「炬燵とホットカーペットって魔力を秘めてると思うの」
「素直に寝ちゃってごめんなさいって言えば」



損得でしか世界を見れないなんて、寂しい人生だね。



「ごめんはっきり言っていい?メンドクサイ」
「酷いんですけど」
「だから先に聞いたじゃん」
「あたし答えてないし。てか答える暇なかったし」
「そーいうところがメンドクサイ」
「……ねぇ、それって彼女に言う台詞?」
「彼女だから言うんだよ」
「そんな愛情表現はお断りです」
「誰が愛情だなんて言った?」
「…竹巳実はあたしのこと嫌いでしょ」
「嫌いな人と付き合うわけないだろ。ってほんと馬鹿だよね」
「竹巳ってほんと酷いよね」
「そういうとこ含めて俺を好きになったんだろ」
「……」
「何その顔?」
「言い返したいけど返す言葉が見つからなくて困ってる顔。取敢えず一発殴っていい?」
「何倍で返してほしい?」
「……ごめんなさい」



上に立つ者は引き算ができなければいけない。
たとえどんなに大切な人でも、たとえどんなに苦しみを味わっても、
切り捨てなければいけない時が来る。
切り捨てなければいけない人ができる。
そして、引き算をするにはまず、一人一人に点数を付けなければいけない。
最終的に足したりかけたりして一つになった数字が一番大きな数になるようにするには、一番小さな数から切り捨てる。
仕方がないことだ。こういった厳しさも時には必要なのだから。
だから、上に立つ者は強くなくてはいけない。力がなくてはならない。
――だけど、

「玲さん、何か手伝えることありませんか?」
「ありがとうちゃん。でも大丈夫だからもう休んで」
「ほんのちょっとでもいいんで、わたしでもできる仕事があったら言ってくださいね」
「…ありがとう、頼りにしてるわ」

本当に強い人ほど、それと同時に優しい人であるのだ。
時に心を痛めながら苦渋の決断をする。だけどそんなこと顔には微塵も出さない。
切り捨てた人に心を悟られないようにする為に力が必要なのだ。
わたしはきっとそんな人にはなれない。スマートな大人になりたいけれど、きっと難しい。
だからわたしは憧れるのだ。彼女に、ひどく焦がれてやまない。
優しい笑顔の裏側で、彼女はなにを思い、なにを想っているんだろう。
きっととても重い なにか であることはわかる。
彼女には力があって、とても強い人だって知っている。
だけどわたしは、優しい彼女の腕が折れてしまうことがないように、ほんの少しでもいいから手伝いたいと思う。
もしかしたらこの気持ちは重いかもしれないけれど、それでも思わずにはいられない。

明日には全てが決まる。
誰を足して誰を引くのか、嫌でも決めなければならない。
本音を言えば誰一人欠けて欲しくなんかないけど、仕方がないことだから。

「玲さん、明日も頑張りましょうね」

わたしが今できるのは、少しでも多く笑うことだと思う。
――どうか、強くて優しいあなたの心を少しでも軽くできますように。



なにが「大丈夫」かもわからないのに、「大丈夫」と言い続ける。
言葉にすれば救われるとでも思っていたのかな。