逃げ出して手放したのはあたしなのに、どうして今更欲しいなんて思ってしまうんだろう。 どうして、あんなにも眩しく見えるんだろう。 逃げ出したあたしがそんなこと思うなんて……ほんとうに、どこまでも身勝手な人間だ。 「先輩、そうやってアイツのこと見るの止めてください」 「……きみに言われる筋合いはないよ」 「そうですね。だけどアイツを振ったのは先輩でしょう?お陰で見てるこっちが痛いくらいボロボロでしたよ」 「…」 「アイツはやっと立ち直ったんです。そしてやっと先輩以外の人に目を向けられるようになった」 「それが、あの子?」 「えぇ」 「きみはそれでいいの。あの子ってきみの、」 「俺は先輩とは違いますから。笑っているならそれでいい…たとえそれが、俺の隣じゃなくても」 「……きみとは仲良くなれそうもないね」 「今更気づいたんですか?」 傷口を拡げ合うことでしか、己を維持していられない 「俺は最初から先輩のことが嫌いでしたよ」 ――ぼくにできないことを易々とやってのけてしまうから。 「恋なんて全部下心なんだよ」 「突然なに言ってるの」 「だって、愛は真ん中に心があるのに、恋は下にあるだろ?」 「漢字の話か?」 「そー。だから恋は全部下心だ!」 「なにそれ金八?」 「いーや、タッキー」 「…」 「…」 「や、杉原じゃなくてジャニーズの方な」 「紛らわしいこと言わないでよね」 「アイツだとほんとっぽいから怖ぇ」 知らなかったのはわたしだけだったのだ。 それなのにわたしは、わたしだけが全てを知っているつもりで偉そうに語っていた。 今更わたしが告げるまでもなく彼はすべて知っていたというのに、 それでも彼は何も知らない顔でわたしが紡ぐ言葉を拾い集めてくれていた。 裸の王様は わたしだ。 内側から溢れ出しそうなこの感情に、どんな名前を付けようか。 愛しい と、名付けてもいいだろうか。彼は許してくれるだろうか。 ……ごめんね、潤慶。気づかなくて、ごめんなさい。 あいたい。あなたの笑顔が見たい。 だから今すぐ会いに行ってもいいですか? 「裏切りか死かの二択を迫られたら必ず裏切りを選びなさい」 「え?」 「一時でも私の下に就く者が私の知らぬ所で死ぬことは許しません」 「たとえどんな形でも、貴方達と生きて再び見えることが私の幸せなのだから」 「先生質問でーす。なんで佐藤くんの金髪は許されるんですかー?」 「だってこれ地毛やもん」 「せんせーこの金髪ナチュラルに無理のある嘘つきまーす」 「ホンマやし」 「しかも耳に必要以上の穴が開いてまーす」 「佐藤家にゃ成人するまで耳にギョーサン穴開けてへんと死んでまうっちゅー呪いがかかってん」 「真顔であり得ないこと言ってまーす」 「ホンマやし」 「じゃあ開けたままでいいからピアス外して」 「いやや。塞がってまうやろ」 「じゃあ髪だけでもなんとかして」 「黒ぉせぇっちゅーことは染めろってことやん。校則違反はあきまへんなあ」 「戻すのは違反に入りません」 「だってこれ地毛やもん」 風紀委員と佐藤くん。 「せんせー埒が明かないので佐藤くんの頭に墨汁ぶっかけてもいいですか?」 捨てたものの大きさを知って絶望した。 全部が今更すぎた。 だけど気づけなかったあの頃の自分を責めたところで何も変わらない 失う前に気づけたらよかったのに、 「お前なんで普通にコッチ混ざってんだよ」 「女子ってさー、恋バナと愚痴ばっかりなわけよ」 「だから?」 「メンドイ」 「あー。そういやお前興味ない話聞くの嫌いだもんな」 「そーなの。それに愚痴聞いてると『アンタも同じだろ』とか『ただの僻みじゃん』とかうっかり言いそうになるー」 「言った瞬間終わるね」 「女子は怖いからねー。てかあたしのこれも愚痴じゃん?だから結局みんな同じなんだよね」 「同じことしたくないから聞きたくないってこと?」 「まぁそーいうことにでもしといて」 「あーぁ、あたしも男に生まれたかったなー」 「なんで?」 「だって男子だったら拳で語り合って終わりでしょ?」 「いつの時代だよ」 「今時の男子は女子と似たようなもんだよ」 「えーマジで?ショックだー。河原で殴り合って夕日に向かって走りながら叫べよ」 「お前がやれ」 「他人の恋愛なんてほっとけー!聞くだけなら我慢するから話振んなー!」 「うわ、ウッセー」 「マジでやんなよ」 「走らないの?」 「ドクターストップ」 「アホか」 「青春のバカヤロー!」 「「「お前がな」」」 これでやっと泣ける気がした。 自分の為に、泣ける気がした。 |