うちのクラスの椎名くんとさんは、仲が良いのか悪いのかよくわからない。

「や、ちょっと待って、歯ぁ喰いしばれとか言われて素直に応じられるほど出来た人間じゃないんで、ほんと」

この前あからさまに嫉妬心を剥き出しにした女の子がさんに2人の関係について尋ねていたけれど、
さんはそれはもうあからさまに嫌そうな顔を…というか、女の子がしてはいけないだろうという表情を浮かべていたことは記憶に新しい。

「できることなら落ち着いてほしいというか、その物騒な分厚い辞書を下してほしいというか」

それに、さんと仲の良いさんが「アンタたち仲良いわね」と口にする度に、さんは全力で首を横に振るのだ。
――それはもう、そのまま千切れてしまうんじゃないかってくらいの勢いで、

「お願いだから待って、ほんと、お願いします」

極めつけが、ついさっきのあれだ。「寧ろこっちが羨ましいよ!」――さんを羨ましがった女の子への、一言。
「それ、どういう意味?」タイミング悪くその一言を椎名くんに聞かれてしまって今に至る。
だけどこんな光景はうちのクラスでは日常茶飯事で、さんに至っては必死に助けを求めるさんにひらひらと手を振る始末。
身長的には圧倒的有利なはずのさんだけれど、それ以外のすべての面で椎名くんが勝るのだ。

「だから落ち着けって言ってるでしょうが!そんなんで殴られたら痛いんだよチクショウ可愛い顔して凶器チラつかせんな!」

だけどあたしは知っている。さんが全力で否定する質問に、椎名くんはとてもかわいらしい笑顔で答えるのだ。
その答えを知っているのは多分、今のところあたしだけだと思う。
さんに教えてあげたいけど、誰にも内緒だと天使の微笑みで頼まれたのであたしにはどうすることもできない。

それに、

「ぎゃー!イタイイタイ角はやめて!」


もうちょっとこの日常を眺めていたいなぁと、クラスメートとしては思うのです。



「ごめん理解できない」
「したくないの間違いじゃなくて?」



あたしを絶望の淵に追いやったのは音楽だったけど、救ってくれたのも、やっぱり音楽だった。
愛しくて切ない。どうやっても嫌いになることなんてできないんだ。



どうして?――と、問いたかった。
人間はどこまでも貪欲に出来ているもので、答えを求めることは容易いのに自ら見つけだすことは困難を極める。
どうしてあなたはこんな扱いを受けているのか、どうしてあなたはそんな言葉を受け入れるのか、
どうして、どうして――それでも尚、その位置から動こうとしないのか。

訊きたいことは山ほどあるのだ。
それなのに言葉にするのを躊躇ってしまうのは、真実に辿り着く恐怖から。

知りたい気持ちに嘘はない。偽りなど皆無。
だけどどうして、渇ききった唇は音をのせるという至極単純で簡単な行為を拒否するかのように頑なに結ばれたまま、
主導権を握るのはわたしだというのに、わたしの指示に従おうとはしないのだ。

そうして考え込んでいると、突如 頭上から落ちてくるあなたの声――「  」


「…!わ、びっくりした。なに、急に」
「急じゃない。さっきから呼んでた」

少し不機嫌そうに眉を寄せる竜也の言葉に、またやってしまったと肩を竦める。
正直にごめんと謝れば「もう慣れた」の一言で流されてしまうけど、そんな言葉も「慣れた」ものだ。

「でも名前呼んだだけであんなに驚くことないだろ」
「ごめんごめん。ちょうどタイミングがね、ぴったりだったから驚いちゃったの」
「何に?――あぁ、それか」

そう言って竜也が視線を落とした先にあるのは、読みかけのあたしの本。
読書を始めると周りの騒がしさも耳に入らないくらい集中してしまうのは、ある意味特技と言って良いかもしれないあたしの癖だ。



そんなふうにきみをすきになれたらよかった



「それで、真実は見つかった?」
「……いや、なんかもう、このままでもいいかもって思ってきちゃった」

この腕の中にいられるのなら、答えなんてもういらない。



その背に羽根があるのなら、
あの日のぼくらにさよならを