「そういえばってなんでアイツのこと避けるわけ?」



after world



優雅な午後のひと時、今日の分の仕事に一区切りがついたので思う存分ダルダルしていたのに空気を読まない鬼上司の一言で空気が裂けた。 人手不足とのことでここ数日は上で働いているということもあり、一緒に優雅なティータイムを過ごしていた人たちからも視線が突き刺さる。 ――ティータイムって言っても、実際に何かを口にしたりはしないけどね。

「…なんですかー藪から棒に」
「暇つぶし程度にはなるかと思ってね」
「つまり暇なんですね翼さん。だったらカズさんに新しい仕事もらって来ましょうか?」
「お前がやれよ」

なんだこの暴君。正面に座る少年から視線を外して顔を顰めれば隣から小さな笑い声

「なに、マサキ何か知ってんの?」
「いいや、何でもねぇよ」
「なぁちゃん、アイツって誰や?」
「藤村さんには関係ないのでさっさと仕事に戻ってください。こんなところで油売ってるとまた怒られますよ」
「関係ないとか言わんといてぇや。それにあのぼんは怒らせとけばええねん」

あぁ可哀想な水野さん。金髪幽霊を担当している先輩を思い浮かべ心の中で合掌するあたしにボーイソプラノの声が降って来る。
そんなに暇なら金髪の相手でもしてくれればいいのに、なんであたしに話を振るんだ。

「どうせ大した理由じゃないんだろ、勿体ぶってないでさっさと話せよ」
「大した理由じゃないので聞いても面白くないと思いますよー」
「それは聞いてからボクが決める」
「……黒川さん、上司ってどうやったら替えてもらえるんですかねー」
「諦めろ」
「ちょっと、本人前にしてよくそんなこと言えるよね」
「翼さんにだけは言われたくありませんー」
「で、誰なんアイツって?」
「金髪は黙ってろ」

少年の機嫌が下降していくのを肌で感じて小さく溜息を吐き出せば、ぽんぽんと軽く頭を撫でられた。
相変わらず男前ですね黒川さん。でもね、顔がちょっと笑ってますよ。
わざとらしく口を尖らせると彼は更に口角を上げる。これが金髪幽霊だったら本気でイラッとくるけど、黒川さんだと許せてしまうから不思議だ。 楽しそうな様子からして黒川さんはどうしてあたしが理由を言わないのかわかっているのだろう。 だけど翼に訊かれても答えないとかほんと素敵すぎる。本気で兄に欲しい。


「あ、椎名。この間の件なんだけど」


不意に響いた声に三者三様ならぬ四者四様の反応を見せる。
翼は意地の悪い笑みを浮かべ、藤村さんは不思議そうに首を傾げ、黒川さんは顔色一つ変えない
そしてあたしは――

「相変わらず礼儀がなってないね」

声と同時にぎゅるんと正反対の方へ首を回したあたしの態度に冷静なお叱りが一つ。
きっと表情は何一つ変わっていないのだろう。声色だっていつもと何ら変わりのない、淡々としたものだ。

「丁度お前の話してたところだよ」
「どうせ碌な話じゃないんでしょ」
「そうでもないぜ。何なら一緒に休憩でもする?」
「遠慮しとくよ。それよりそこの金髪って水野のところのでしょ、アイツ探してたよ」
「なんや、もう見つかってもうたんか」
「さっさと持ち場に戻ったら。それと、さっき頼んだ資料間違ってたよ」
「え?すみません、すぐ直します」
「急ぎだったから訂正して功刀に出しといた」
「…お手数おかけしまして」
「そう思うなら今度から手間かけさせないでよね」

ぴしゃりと言われて思わず背筋を伸ばす。怒ってるなら怒ってる顔をしてくれればいいのに、表情を変えず静かに怒るから余計に怖い。 それからすぐに翼へと向き直り、何やら難しそうな話をし始める。

「――そういうことだから、よろしく」
「あぁ、わざわざサンキュ」

相変わらず無駄がない。手早く用事を済ませ踵を返した後姿が見えなくなった頃、一番に口を開いたのは藤村さんだった。

「姫さんみたいなやっちゃなー」
「は?どこが。ボクはあそこまで頭固くないよ」
ちゃんも似てる思わん?」
「そんなことより水野さんが探してるみたいですよー」
「しゃーないな。ほな、たつぼんが乗り込んでくる前に行くわ」

ひらりと手を振って歩いて行く金髪は、あの様子からしてちっとも反省していないのだろう。
数時間後には何食わぬ顔でまた現れると思うの。水野さんほんと可哀想。

「俺とアイツのどこが似てるわけ?」
「さぁ、どこでしょうねー」
「…まぁいいや。それで、さっきの話の続きだけど」
「あーっと!そういえばあたしカズさんに呼ばれてたんでした」

慌てて立ち上がるあたしに可愛らしい天使サマはその顔を歪めるので、その口が開く前に急いでその場から駆け出す。
きっと黒川さんが上手いことフォローしてくれるだろう。



「…か、郭さん!」
「なに急いでるの」
「や、えーと、ちょっとカズさんのとこにでも行こうかなーと」
「功刀なら今いないよ。それより暇ならちょっと手伝って」
「え、でもあたし今日はもう終わりで「暇なんでしょ?」……ハイ」

がしりと腕を掴まれて言われれば逃げられない。諦めて彼について行くことにしよう。
歩きながら気づかれないように溜息を吐けば切れ長の目で睨まれた。気づかれないようにした筈なのに…!

の幸せが逃げるのはどうでもいいけど、俺の分まで逃げそうだからやめてよね」

あぁもうほんと、ゴーイングマイウェイなとこがそっくりだ。

翼に似てる上に冗談が通じないところが苦手なんです。
なんて正直に言った日にはあたしの身が危ないので口が裂けても言いません。てか言えない。



「郭ってのこと嫌いなの?」
「別に嫌ってないけど」
「それにしちゃに厳しいよな」
「…反応が楽しいからつい、ね」
「否定しないけど、面倒だからあんまりアイツで遊ばないでよね」
「考えとくよ」
「…」
「なに笑ってんだよ」
「いや、ちょっとな」
「そういう言われ方すると何かあるって思うけど」
「ただ、って面倒なヤツに好かれるよなって思っただけだ」
「「…」」




A.郭英士