「良かったな一馬。お前もメンバー選ばれて」
「…おう」
「韓国戦は出られなかったけど、一馬の実力は監督だってわかってるんだからもっと自信持ちなよ」
「そーそ!てかお前はアピールが足んねえんだって。合宿ではしっかりやれよ!」


韓国戦での結果を受けて、三月のナショナルトレセンに向けて都選抜から更に選抜したメンバーで合宿をするらしい。
選ばれたのは十二人。その中に俺たち三人揃って入ってんのはま、当然じゃん?

ばしんと一馬の背中を叩く。おーお、そんだけ噛み付く元気が戻ってきたならダイジョブそーだな。
ちらりと英士を見れば、俺の言いたい事なんてお見通しだと言わんばかりに薄く笑う。


「俺たち三人揃えば怖いものなんてないぜ!」


ずっとそう思ってたし、この先も、それは変わらないと思っていたんだ。









「…うわ、なんだこれ」


教室を出て廊下を歩き、射殺範囲から抜けた場所でしゃがみ込んだ俺は早速デイパックの中を確かめて落胆した。


「えーこれどう考えてもハズレじゃん。マシンガンとか入っててもリアクションに困っけど、 せめて防弾チョッキとかさー、あんじゃん?そーゆー護身用のやつ!だって俺死にたくない!!」


もしもこの場に英士や一馬が居たのなら、お前今の状況わかってんのかとか手の内晒すようなことぺらぺら喋るなとか言われるだろうけど、 幸か不幸かこの場に居るのは俺一人で、もしかしたらすぐ近くに誰か隠れてたりすっかもだけどそんなん俺の知ったこっちゃない。


(だってさ、喋ってねえと可笑しくなりそうなんだもん。)



何これドッキリ?エイプリルフールはまだ先ですけど?監督ってば急にボケちゃったんですかね??
そーやって俺が茶化すより先に隣の席に座らされてた椎名が監督に噛み付いて、俺らの周りを囲むように立っていた兵士たちから 一斉に銃を向けられた光景を思い出す。
一番前の右端に座ってた俺と兵士の距離は近くて、向けられたのは俺じゃないのに、びくりと体が震えた。


パァンッ


運動会とかテレビでしか聞く機会のないピストルの乾いた音が鼓膜を殴る。
発砲したのは監督だった。天井に向けて一発。俺らを黙らせるには十分な威力だ。

絶望したような椎名の横顔を思い出す。あの時、俺はどんな顔してたんだろう。
視界の左端に辛うじて捉えることが出来た英士は、どんな顔してたっけ?
四番目に名前を呼ばれたあいつがデイパックを受け取った時はいつも通りのように見えたし、 九番目に名前を呼ばれた俺がやっと見つけた一馬は、一番後ろの真ん中の席でぎゅっと眉間に皺を寄せて顰め面をしてたっけ。



「……どーすっかなー」


先に出て行った英士を探すか、この後出てくる一馬を待つか。
教室に残っているメンバーは六人。一番最後は決まってるから、一馬がケツから二番目だったとしてそれまでに会うのは四人。 でもって、俺より先に出てったのが英士を抜いたらえーっと……、

右手と左手でそれぞれ指を折りながら頭を働かせる。
普段はここまで馬鹿じゃねーけど、今は簡単な計算も一つずつ確認しないと出来やしない。


「…うげぇ、まじかよ。……なっさけな。震えてるし」


いっそ大声で笑い飛ばしたいのに零れるのはカサカサに渇いた声で、妙な悔しさにぐっと唇を噛み締める。


(膝の上の支給品はくっそ頼りねえし薄情者の英士クンはさっさとどっか行っちまったみてぇだし?)


この異常事態に頭の中はとっくにグチャグチャのドロドロだ。
それを全部纏めてぶち込んでデッロデロに煮込んで行く内に表面がボコボコと音を立てる。


「つーかさー、俺らの中で一番に出てったならこの辺で待ってるとかどーにかして伝言残してくとかしろよ 頭使うのはお前の仕事だろ馬鹿ッ!もームカツクから会ったら絶対殴る言い訳なんか聞いてやんねーし理不尽とか知らん!! でもって何で一馬は居ねーんだよさっさと来いよ八つ当たりさせろよ無茶苦茶言ってる俺にいい加減にしろっつって一緒に喚けよ! お前は俺に突っ込み入れんのが仕事だろーが放棄すんな大親友サマが呼んでんだすっ飛んで来いってんだっ!! ……あーもーほんとマジどいつもこいつも俺を、――ッ一人にすんな、バァーーッッッカ!!!」


癇癪を起したガキのように喚き散らし、肩で大きく息を繰り返す俺の耳に、


「なんやなんや、エライやっかましぃ寂しんぼやなあ」


けたけたと陽気な笑い声が近付いてきて別の意味で震えそうになった肩を誤魔化すように、両手で思い切り頬を挟む。
笑え、笑え。こんなふざけた現実、全部笑い飛ばしちまえ。



――だって、ムードメーカーの若菜結人サマがこんなんじゃダメだろ?



膝の上のポラロイドカメラに手を伸ばし、振り返ると同時ににひっと笑ってシャッターを切った。