「佐藤成樹くん」


思い返せば、名前を呼ばれた時から違和感を覚えていた。
確かに俺は佐藤成樹で間違いないが、ここで俺を佐藤と呼ぶやつは居ない。


「藤村ー!先行くでー!!」


東京と大阪を往復する生活を始めてから俺には二つの名前がある。 東京では「佐藤」成樹、大阪では「藤村」成樹。そして今は、関西選抜の藤村成樹であるにも関わらず、 練習終わりの俺に声を掛けたその男は東京の俺の名を呼んだのだ。



「なんやったん?」
「サルには関係あらへんわ」
「誰がサルや!」
「都選抜の合宿がなんちゃら言うてたなあ」
「…盗み聞きとは自分ええ趣味しとるな」
「わざとやないで。飴ちゃんやるから怒らんといて?」
「お、コーラ味やん。ノリックはホンマええ趣味しとるな」
「待てぇシゲ!俺はスルーか!」
「すまんけどおサルさん、人間の言葉喋ってくれはります?」
「キーッ!!!」



綺麗な花には棘、甘い蜜には毒、うまい話には裏。誰が言い出したか知らんけど全く以てその通りで。

「勿論、君が関西選抜のメンバーであることは伏せておくよ。どうだい、悪い話ではないだろう?」

摘み食いなんてするものじゃない。 あいつらのチームがどんなものか早く知りたかったのは確かだが、 あんな提案に乗らなくても三月のナショナルトレセンまで大人しく待っていれば良かったのに。


(…や、違うか。)



「今から殺し合いをしてもらいます」



あの時俺が首を横に振っていてもこのクダラナイゲームは行われ、三月には都選抜メンバーは欠けていた。
運が悪かった?全く以てその通り。過去の俺が選択を間違えたのは確かだ。今更どうしようもない。 ――せやけど、









「お、ビンゴ。幸先ええな」
「ちぇっ!まーたハズレかよ。一発とかお前どんだけ強運だっつーの」
「日頃の行いってやつやろ」
「うっわその顔ちょームカツクー。ハイチーズ」
「男前に撮ってや」


ケタケタと笑い合う俺たちにゆっくりと近付いて来た影は警戒しているのか数メートル先で足を止めると、 いっそ嫌味なほど整った顔に訝しげな色を載せて聞き慣れた音を発した。


「……シゲ?」


視界の端できらりと金色が舞う。電気が止められているので昼でも薄暗いが、良く目立つ色のお陰でそこら中に 設置されたカメラ越しにこのゲームを愉しんでるド腐れ野郎どもの穴だらけの目でも俺の存在は追い易いだろう。

薄汚れた目ぇ見開いてよお見とき。


「よおタツボン。儲かりまっか?」


ここから先、俺は一度だって選択を間違えるつもりはない。