一度目の放送を聞いたのはシゲと二人、開始早々に身を潜めた教室だ。 何の動きもないという言葉に張り詰めた息を零したのも束の間、 凛と響く声が読み上げた脅迫文に無意識に左手が首輪を求め彷徨うと、ぺしりとハリセンで叩かれた。おいそれ俺のだぞ。 「何だよ」 「なーんも」 常と同じくへらりと笑うこの男は、一体どこまで俺を見透かしているんだろう。 「皆無事みたいだな。…そろそろ動くか?」 「せやな。まずはこの階から一個っつ覗いて、下行ったらその繰り返しや」 「他校のやつらはどうする?」 「俺は余所者やからなあ。武蔵森と飛葉は対戦したことある言うてもその程度やし、小島も同じや。 いざって時リスクは少ない方がええ」 「…風祭たちを見たか聞くだけで、一緒に行動するのは避けるんだな」 「ちょっとでもやばい思ったらさっさと逃げんで」 「わかっ、!」 ガタ、 突如音を立てた後方のドアに肩を揺らす。 咄嗟に立ち上がろうとする俺の頭を横から低く押さえ付けたシゲに目を遣れば、 しぃっと唇に人差し指を添えて鋭い目でドアの方を見ていた。 ガタガタッ 教室に二つあるドアはどちらもスライド式で、教卓の上で埃を被っていた教師が使用する大きな物差しとコンパスを 突っ支い棒代わりにしていたのですぐに開けられることはない。 とは言え使い古された道具はそう何度も強い衝撃には耐えられないだろうし、 木製のドアなどその気になれば俺でも容易く蹴破れる。 ガタッ、ガッ! 鈍い音を追うように小さな光が差し込んで来た。 物音がしたと同時にシゲが懐中電灯を消したようなので、外も暗くなった今、唯一の光源だ。 「…」 一度、二度、頭の上を光が横切る。 開いたドアから対角の位置に座っていた俺たちの姿は、 低く身を屈めた為に並んだ机が邪魔をしてすぐには視界に入らないんだろう。 「……」 何かを探すように室内を順番に照らしはしても中に入って来ることはなく、 暫くすると諦めたのか光と音が遠ざかって行った。 ドッと背中を冷たい汗が滑る。 詰めていた息が肺から多量に吐き出され、胸が膨らんだりへこんだりを繰り返す。 こんなにも必死で隠れる必要が日常にあっただろうか。 そもそも、人に会うことに怯えていること自体が異常だ。 「…シゲ、どうした?」 十分に間を置いてからゆっくりと体勢を戻し壁に体重を預けた俺とは異なり、 先程まで隣でじっと身を潜めていたシゲは立てた片膝の上で中途半端に腕を組み、 手首に顎を載せて鋭い目で誰も居なくなったドアを睨んでいた。 「…今の、顔見たか」 「いや、眩しくて見えなかった」 「そーか」 「…シゲ?」 「俺も顔は見てへん。せやけど、あいつ…何やごっつい物持っとった。多分銃の類やな」 「護身用じゃないか?」 「そうかもしれへんけど、懐中電灯と一緒にな、それこっちに向けててん」 「…」 「俺の見間違いかもしらん。それにこんな状況や、用心するに越したこたない。 いざって時に身を護るには最初から構えとった方がええ。今はそれが普通や。けどな、」 淡々と言葉を重ねるシゲがちらりと目線をこちらに寄こす。 酷く真剣な顔をしたこいつが何を言いたいのか、俺にだってもうわかっていた。ひたり、冷たい風が背筋を這う。 「あいつ、鼻歌歌っとったやろ」 この異常な空間に於いて異常な程に陽気なメロディは、緊張故に感度を増した鼓膜をぴりぴりと裂いたのだ。 |