指の先に、見えない糸が絡みついている。
血が滲むほどにキリキリと締め上げ主導権を奪い、反抗でもしようものなら躊躇いなく皮膚を引き裂き骨を断つ。
指だけじゃない。頭も首も足の先も、全て糸で繋がれている。


(いつだって俺たちは操り人形だ。)


大人は身勝手な生き物だ。知っていた。
力も知識も未熟な子供はいつだって大人に振り回される。振り回して振り回して、糸が切れたらもうお終い。
操れなくなった人形には見向きもしない。だってもう要らないから。


(……お前らだってコッチ側だった癖に。)


指先に力を籠めればミシミシと悲鳴が上がる。
こんな馬鹿げた舞台で踊らされるなら、体中に絡み付いたこの糸を断ち切って壊れてしまおうか。


「次は、…水野竜也くん。あなたの番よ」


呼ばれて顔を上げると、俺を見下ろすその人はにこりと綺麗な笑みを描いた。
名前を呼ばれた者は担当教官からデイパックと言う支給品の入った鞄を受け取って教室を出なければならない。
頭では理解しているのに深く沈んだ体は重く、椅子から立ち上がろうとしない。
ミシミシ、ミシミシ、首の絞まる音がする。

このまま落としてしまおうか。


「水野くん。それはこの教室を出てからにした方が良いわ」


深い眼差しも落ち着いた声も、練習や試合の合間にアドバイスをくれる時と変わらず、 この歪んだ空間に於いてそれは却って異常なのだと、やはり頭では理解していたのに。……何故か、


「その方が皆の為になるもの」


水のような彼女の言葉は、すうっと俺の中に染み渡るのだ。


「…それも、そうですね」
「ふふ、あなたにも期待してるわ。行ってらっしゃい」









「落ち着いたとこで質問なんやけど、首んとこどないしたん?」
「何が?」
「首輪の下。大分赤うなっとるし、多分血も出たやろ」
「…ああ。痒かったから引っ掻いた」
「そんくらい我慢しぃやド阿呆が。下手に触って爆発したら笑い話にもならへんわ」


信じられないと大袈裟なリアクションを取るシゲを適当に流しながらそっと首を撫でる。

スタートしてから死ねば皆が二十四時間のタイムリミットに怯えなくて済む。

互いにはっきり言葉にしていないが、あの時監督が俺にくれたアドバイスはこういうことなんだろう。
二十四時間に渡って死亡者が出なければ首輪が爆発するなんて、この状況に於いて最高の脅迫だ。 俺が死んだ後も再びタイムリミットの恐怖に怯えることにはなるが、二十四時間と四十八時間の差はデカイ。 その間に何か、あいつらに一泡吹かせる策が見つかるかもしれない。――だって俺たちは、人形ではなく人間だから。


「俺の目が黒い内は阿呆な真似はさせんで」


…こいつに捉まるまでは本気でそう思ってたんだけど、な。
まさかあの教室を出た少し先で俺を待っているなんて思わないだろ。 俺がその気になってたらどうするつもりだったんだよ。馬鹿なやつ。シゲ以上の馬鹿もいたけど。


「それにしても、タツボンくじ運ないなあ。ハリセンて」
「煩い。そういうお前はどうなんだよ」


ペシペシとハリセンで遊んでいたシゲに矛先を向ければ俺を待つ廊下で既に確認を終えていたらしいシゲは ハリセンを床に放ってごそごそと鞄に手を突っ込み、「俺のはなー……お、あったあった、これや」。 感触でわかったのかゆっくりと手を引き抜き、長方形の箱を開けた。


「どうせならまな板もセットにせえって思わん?そもそも何作れっちゅー話や。人でも刻めってか?」


ギラリと光る身近な凶器が絡み付いた糸を全て断ち切ってくれれば良いのに。