どこをどう歩いたのか記憶は曖昧で、途中で物音を聞いた気もしたが然して興味は湧かなかった。
音を殺すこともなく歩く俺は恰好の的だったと思うのに幸か不幸か強襲に遭うことはなく、 他人の命を奪った俺は、今もまだ息をしている。

ガラッ

ドアを開けたのは歩き疲れた足が休息を求めていたからで、別にこの教室でなければならなかったわけじゃない。 けど、


「間宮、か…?」


響いた声に肩が跳ねる。 声はとても近い場所から聞こえていて、視界ギリギリに映り込む足が声の主が開いたドアのすぐ横に居ることを はっきりと示しているけど、俺の全身は氷漬けにでもされたように指先一本動かすことも困難で、 ただただ、目玉だけをぎこちなく真横に動かした。


「どうした間宮。…お前、震えてるじゃないか。何があった?どこか怪我でもしたのか?」


すぐ傍で人が立ち上がる気配。
今まで動けなかったのが嘘のように、俺の体はばっと距離を取ってボウガンを構えた。


「間宮?」


構えたところで番える矢はもう一本もないのに。(なにやってんだよ…。) ガクガクと体が震える。こわい。 攻撃をしろと、身を護れと、勝手に動いた自分の体がこわい。


「、ひっ」


突如、目の前に現れた大きな手に声が漏れる。
ガチガチと音を立てる歯に舌を挟んだら死ねるだろうかと焼き切れそうな理性で思うも、 俺の視界から消えた手のひらが、ぽん、と頭上に着地した為に馬鹿みたいな考えは一気に吹き飛んだ。


「大丈夫。大丈夫だ。俺はお前を傷付けたりしない」


目の前に立つ大きな影は、そう言って力強く頷いた。



あの教室を出てまず椎名に会ったがあいつの話を聞かなかったこと、 誰にも会いたくなくて教室に隠れていたこと、三回目の放送を聞いて頭が真っ白になったこと、 そこからは記憶が酷く曖昧だが、再び出会った椎名にボウガンを向けたこと、 ――結果、間に入った黒川が死んだだろうこと。

教室内には机と椅子がセットで並んでいるがどうにも座る気にはなれず、 壁に背を預けて直接床に腰を下ろし、散り散りになった記憶を掻き集めて放つ。
隣に座った渋沢さんは真っ直ぐ前を向いたまま、何度も言葉を探す俺を急かすことはなく静かに耳を傾けていたが、 ここへ来る前に黒川を殺してしまったことを告げると、「…そうか」。と、目を伏せた。


「…キャプテンは、今まで何を?」
「考え事をしていたよ。俺はどうしたいのか、ずっと考えていたんだ」
「…」
「椎名の言うように全員で協力出来れば一番良かったんだが、今となっては難しいだろう」
「、俺が、あいつらを襲ったから」


窓の外よりもっと遠くを見ていた渋沢さんは、俺の肩を優しく叩くと真っ直ぐ俺の目を見て口角を引き上げた。


「大丈夫。お前の所為じゃないさ」


この人の声はどうしてこんなにも落ち着くんだろう。…どうして、俺は笑ったんだろう。

トス、と首への衝撃。生温かい感触に包まれながらはくはくと口を動かすも息が漏れて声にはならず、 急激に遠ざかる景色の向こうで泣いているキャプテンに結局俺は何も伝えることが出来なかった。