静まり返った廊下は一歩足を踏み出す度に自分の足音ばかりが響いて、恐怖ばかりが胸を満たす。
夜の廃校舎なんて如何にも出そうだけれど、私が抱く恐怖の対象がソレではないことにぞっとした。
人に会うのが怖いのだ。鼻で笑い飛ばすことも出来はしない。

ガシャン!

静寂を切り裂いた高い音に心臓が悲鳴を上げる。 キャミソールがべったりと肌に張り付く感触が気持ち悪い。

(どこ…、)

発生源を探るように息を潜め、物音を立てないように慎重に足を動かして、 ゆらりと黒い塊が視界の端で揺れたのに気付くと同時に勝手に体が動いた。


「誰かいるのっ!?」


勢い良くスライド式のドアを開け、暗闇に目を凝らす。 診察用の長椅子にベッド、どうやらここは保健室のようだ。


「…」


中に入ろうと踏み出した足に違和感を覚え視線を落とせば、入口を遮るように床から数センチの高さにピンと 布のようなものが張られていて、転ばないように慌てて体勢を整える間にぐんと腕を強く引かれ、 背後でドアが勢い良く閉まった。「きゃっ!」。倒れる…!迫りくる衝撃に目を瞑るも、 思いの外柔らかい感触にぱちぱちと瞬きを繰り返す。


「目開けてないと死んじゃうよ」


耳元で響いた声に肩が跳ねる。
脳が状況を理解したと同時に慌てて距離を取ろうと踵に体重を掛けたが、 手首を掴まれていたのと首許に感じた熱に下手に動けないことを悟って踏み止まる。


「頭が悪いわけではないんだね。でも、折角アタリなのに、ただ握ってるだけじゃ咄嗟に撃てない」


掴まれた手首の先で吸い付いたグリップに力を籠めることで、震えそうになる声を誤魔化した。


「ずっと引き金に指を掛けてたら攣っちゃうじゃない」
「…そう?」
「そうよ。慣れてないもの」


きょとんと僅かに首を傾げた姿が場違いにも可愛く思えて、強ばっていた体から少しだけ緊張が解れる。
目線の高さはあまり変わらない。窓から射し込む月明かりで顔を確かめるまでもなく、するりと唇から音が零れた。


「あんたと一緒にしないで」

「強気なのは嫌いじゃないけど、こういう状況で相手を怒らせるのは感心しない」
「怒ったの?」
「別に。でも、皆がこうとは限らないでしょ」
「そうね、首輪を無理矢理引っ張られたら終わりだし、次があれば気を付けるわ」


鎖骨の辺りに触れていた指がほんの僅かに沈むも、すぐ元に戻る。
表情があまり変わらないところはうちのGKに似ているかもしれない。なんてぼんやり思っていれば、 手首と鎖骨から圧迫感が消え、あっさりと私は解放された。


「ちょっと!銃持ってる人間に背中向けないでよ!」


さっき私に言った言葉を忘れたのだろうか。
慌てて声を掛けると、立ち尽くす私には目もくれずベッドに悠々と腰を下ろして毛布を広げながら、


「だってそこ寒いし」


淡々と的外れな言葉を放つ。……なんなの、この子。


「今の状況わかってる?」
「少なくとも小島さんよりは理解しているよ」
「何よその言い方」
「事実だし。そっちこそわかってるの」


名前を呼ばれたことに妙なくすぐったさを覚え、誤魔化すように素っ気なく返す私を射抜いた瞳の鋭さとは裏腹に、 その顔に酷く丁寧に笑顔を作る。


「あたし、優勝者だよ?」


飛葉中二年、
彼女は第一回目である前回プログラムの優勝者だそうだ。