「…手当て、しなくちゃ……」


どれくらいそうしていたのか。真っ赤に染まった窓から手を離す。 思考には酷く靄が掛かっていたが、転がった二人分のデイパックと、 ぼくの血が付いたナイフを忘れずに拾い上げたのだから冷静な部分はまだ残っていたのだろう。
傷はそう深くない。本当だ。 だけどこのまま放っておいては雑菌が入るかもしれないし、見ていて痛いので手当てをした方が良い。

ふらふらと廊下を進み、一つ、二つ、通り過ぎる教室を覗き込む。


「ほけんしつ…」


ドタン!足元を見ていなかった所為で何かに引っ掛かって顔から床に落ちる。
ぶつかる直前に床と顔の間に手を滑り込ませることに成功したので強く打ち付けたのは膝と手のひらだけで済みはしたが、痛いものは痛い。 暫く蹲るように痛みを堪えて、生理的に浮かんだ涙で翳んだ視界にぼくを転ばせた正体を映した。


(紐…違う、包帯?一体、誰が…、)


どうやら古典的な罠に引っ掛かったようだ。 罠を仕掛けた人物がすぐ傍に居るかもしれないというのに、ぼくの頭はのんびりと回り、 たっぷり十秒掛けてから漸く立ち上がることを思い出した。


(消毒液、絆創膏…じゃなくて包帯のが良いかな。ガーゼとか。)


保健室の棚を勝手に弄るのは初めてだなあ、なんて呑気なことを思いながら手当たり次第に引き出しや棚を開け、 使用期限が過ぎてる気はするけれどまあ良いかと手当てし易いようにまずジャージを脱いだ時、ふと、 何かが引っ掛かるような感覚に動きが止まる。 (なんだろう。なにか…。)今更ながら部屋中をぐるりと見回して可笑しなところがないか探す。 誰もいない。先生の机、長椅子、ベッドがいち、に、……あれ?
三つ並んでいるだろうベットの中央だけが、何故かカーテンが引かれている。

なんだか胸がざわざわして、呼ばれるように、カーテンを掴んだ。


「…こ、じま、さん……?」


透き通る白い肌に艶やかな黒髪。 とても美しい彼女は、まるで眠り姫のように、ベッドに横たわっている。


「小島さん、起きて、ねぇ。もう朝だよ?小島さん、ねえ、」


そっと伸ばした手で細い肩を揺する。
確かに今は冬だけれど、彼女はこんなに体温が低かっただろうか。これじゃあ氷みたいだ。
確かに彼女は運動部にしては肌が白かったけれど、こんなにも、これほどまでに白かっただろうか。
彼女は、彼女は……どうして、両手を組んで眠っているの?どうして、左胸が真っ赤なの?


「ど、して…小島さん、ほんと、に……死んじゃったの」


答えは疾うに出ていた。何故なら彼女は死んだのだと、あの時、悪魔が囁いたじゃないか。 だから畑くんは死んでしまったのだ。全員で協力して帰ると言うぼくらの希望が、翼がもがれてしまったから、だから―、



「誰が悪いの?」



小島さんが殺されなければ畑くんは死ななかった。小島さんを殺した人が畑くんを殺したんだ。 誰が殺したの?ぼくたちは皆サッカーが大好きな仲間なのに。どうして、どうして、誰が仲間を殺せるの? そんな人仲間じゃない。仲間じゃない。仲間外れは、だれ ?


「…そっか。きっとあの子だ。あの子さえいなければ誰も死なずに済んだのに」


あの子がこんな酷いことしなければぼくら皆で一緒に帰れたのに。
ひどい、ひどい、ひどいこ、わるいこ、いけないこ。

頭の中が真っ黒に染まる。変だな、もう太陽は昇っているのに、どうしてこんなに暗いんだろう。
どうして、二人が死んでぼくは生きてるんだろう。
どうして、ぼくたちバラバラになってしまったんだろう。
どうして、ぼくは、


「あの子がいなくなれば、ぼくたち、ずっと一緒にいれるかな」


こんな酷いことを考えているんだろう。(…もうなんにもかんがえたくないや。)

小島さん、畑くん、待ってて。一緒なら、寂しくないよね?