「ぼくが甘かったんだ。最初から、皆で一緒に帰るなんて無理だったんだよ」
「風祭…」
「一緒に帰れないなら、一緒にいくしかないよね」
「行くって、どこに?」

「皆で一緒に、天国に逝こう」


だけど、あの子は駄目。あの子だけは天国には連れて行ってあげない。
あの子はぼくらと違うから、同じ場所には居られない。


「ぼくもすぐに追い掛けるから、先に行って待ってて」


あの子を地獄に堕としたら、すぐに――。









小島さんが死んでしまった。きっとこれは悪い夢だ。 情報が右から左にすり抜けて行く。ぼくはまだ夢を見ている。 監督はこんな酷いことをする人じゃない。いつだってぼくを励ましてくれた。 小島さんは死んでなんかいない。だってこれは夢だから。 早く起きなくちゃ。早く、速く、ハヤク……!


「だって何もすんなって翼がっ、全員で協力するって…!」


それは、水の中から飛び出すような衝撃。
はっと体が跳ねて、呼吸の仕方を思い出すと同時に自分が今どこに居て、隣に誰が居るのかを思い出した。 ―そうだ、ぼくは一人じゃない。畑くん。畑くんが居るんだ!


「畑くん?畑くん大丈夫?落ち着いて」


隣に座っていた筈の畑くんはいつの間にか立ち上がっていて、何度呼んでもこっちを見ない。 どうしよう、どうしたら…。 目は血走り、ぶつぶつと似たような言葉を繰り返す姿はまるで気が触れたようで、 早く正気に戻さなくては手遅れになると本能で悟ったぼくは慌てて畑くんに手を伸ばしたけれど、 悲鳴や怒声が綯い交ぜになった叫び声とともにまるで何かを振り払うように彼の手が薙いで、 伸ばした腕に一本の線が出来る。


「!ッ、」


ぴりっとした痛みに顔を顰める。反射で押さえ付けた手のひらにじわりと血が滲む感触が少しこそばゆい。
ぽたり、ぽたり、畑くんが握り締めていたナイフから血が垂れることよりも、 彼の目に漸く光が戻ったことにぼくは酷く安堵した。


(良かった。畑くん、ほんとに良かった…。)


ぼくの怪我なんてどうってことないよ。 畑くんが護身用にずっとナイフを握っていたことも忘れて、気が動転している君に不用意に手を伸ばしたぼくが悪いんだ。 だから畑くんの所為じゃない。この怪我はぼくの所為だよ。気にしないで。



――それなのに、どうして?



「生まれ変わったら、また一緒にサッカーしようぜ」

「畑くんッ!!」


鈍臭いぼくが目を逸らした隙に畑くんは窓から飛び出して、慌てて伸ばした手は空を切る。
なんで、ねえ、どうして?帰りたいって、言ったじゃないか。帰りたいって、泣いたじゃないか!それなのに、なんで?

雷みたいな銃声が畑くんを、ぼくを、裂いた。


「畑くん!畑くん、畑くんっ!……で、うそ、やだ…畑く、…、」


全身を真っ赤に染めた畑くんがふらりと背中を窓にぶつけて、そのまま、ずるずると落ちて行く。
ぼくは、真っ赤な道を作った窓にぺたりと両手を押し当てて、ただただ、見ていることしか出来なかった。

どうして君は、笑ったの?こんなぼくを嘲笑ったの?