「まさっ、…間宮止めろ!頼むっ止めてくれ!!」 「悪ぃ、な。野郎なんかに、押し倒されて気持ち悪いだろうけ、ど…もうちょい、耐えろ」 「なに馬鹿なこと言ってんだよ!退けって…!ッ止めろ!」 ドスッドスッ、断続的に続く音と背中への衝撃。何回目だ?わっかんねぇな。 口にしたらぶち切れるのわかってっから今まで言わなかったし今も言わねえけど、翼がチビでほんと良かったぜ。 どうにかして俺の下から抜け出そうと暴れる翼はいつになく余裕がなさそうだが、 こっちだって余裕ねえんだ。今は大人しく組み敷かれてくれってキャプテン。 ――どれくらい経ったのか、実際は大した時間じゃなかったんだろう。 「死にたくない。俺は死なない。帰るんだ」 矢が尽きて攻撃を止めた間宮がぶつぶつと繰り返す言葉に口許が歪む。 「そーか、よ…奇遇だな、俺たちだって死にたくね、…し、帰りてぇ」 「…死にたく、ないんだ」 ギシ、と床が軋み、音が徐々に遠ざかって行くと全身から力が抜け、 手足の踏ん張りが利かずにどさっと翼の上に倒れる。くっそ痛ぇ。 酷く丁寧に俺の体を退かし漸く下から抜け出した翼が、わなわなと唇を震わせてぺたりと両手を床に付いた。 「柾輝、お前っ……馬鹿野郎、」 「そりゃね、ぜ、キャプテン」 「なんで俺なんか庇ったんだよ!俺の所為でっ、俺が…!」 「翼。これ、抜いてくれるか?」 ハリネズミみてえになった背中をちらりと目で示せば翼が慌てて首を振る。 抜いたらもっと血が出る?良いって、頼む。じっと目を見て告げると、翼はぎゅっと目を瞑って、ゆっくりと手を伸ばす。 肩、背中、横腹、矢が抜き取られる度にどう表現すりゃ良いのかわからない痛みが襲うが、何度か繰り返すと背中の違和感が消えた。 翼に手伝ってもらいながら体を起こし、壁に背を預ける。 「、…あんた、武器なんだった?」 「……色鉛筆」 「んだそれ、フライパンより酷ぇな」 笑ったつもりだったのに引き攣るような痛みと逆流してくる鉄の味に噎せてどうにも思うように行かねえし、 翼は翼で口角は上がってんのに眉は下がってて、何ともチグハグな顔してる。 こんな情けない面は初めて見た。勿体ねえな。こんな状況じゃなきゃ、腹抱えて笑ってやんのに。 「この矢、持ってけ。俺の鞄にでも詰めときゃ良い。荷物にはなるが、水一本とパンも残ってる」 「うん」 「あんま…重くても動き難いから、な。あんたが要らないって思った物は、置いてけ」 「うん」 「六助に会ったら、よろしく言っといてくれ、…よ」 「、うん」 「んな顔すんなよキャプテン。いつもみてえに、笑えって」 「…っ無茶、言うなよ」 ぐっと唇を噛んだ翼は、やっぱり怒りたいんだか泣きたいんだかわかんねえ顔をしていて、ふっと鼻から柔らかく息が落ちる。 「翼、遅かれ早かれ俺はこうなってた。あんたに会ったら…あんたじゃなくても、誰かの盾になるって腹括ってた」 「なっ!何言ってんだよ!なんでそんな、勝手に決めんな!!」 「しょーがねえじゃん」 「兄貴が人殺しなんて、チビどもが苛められんだろ?」 「…、……柾輝って、顔に似合わず良い兄貴だよな」 「うっせ。―翼、」 「わかってる」 ギシッと床の軋む音に目を合わせる。まだ遠いが、多分近付いてきてる。 翼は手早く転がっていた荷物を纏めると、俺の前で立ち止まり――「柾輝」。 「ごめん。…ありがとう。」 「おう」 深く深く頭を下げ、噛み締めるように告げられた言葉に口角を上げた。 音がした方とは反対方向に足を踏み出した背中に、「翼」。ふと思い出したように声を投げる。 「俺のクラスの問題児、頼んだぜ」 振り返ったキャプテンは、にやりと口角を上げていた。 ギシギシと近付いてきた足音がすぐ近くで止み、「死ぬの?」。降って来た声に随分と重くなった瞼を無理矢理押し上げる。 じっと俺を見下ろしたは、「ねえ、死ぬの?」。もう一度淡々と言葉を連ねた。 「みてえ、だな」 「そう」 「かばん、は、翼が持ってった…から、何もやれねえぞ」 「…楽にしてあげようか?」 「……そいや、、射的得意だった、な…」 真っ直ぐ、俺の額に照準を合わせた彼女に口許を歪めれば、それはゆっくりと下ろされた。 「黒川。黒川、馬鹿だね」 「おま、最期にそれっ、かよ…らしいっちゃ、らしい、けど、」 「死ぬ時は布団の上で眠るように死にたいって言ってたくせに」 「…、んなの、おぼえてた、のか……」 ふっと瞼が重くなる。どうせもう殆ど見えてねえんだ、開けてても閉じてても一緒か。 抗うのを止めて瞼を下ろすと、追い掛けるように、ふわり、冷たい温度が触れた。 「馬鹿だね、黒川」 「っせえぞ、、」 …ああ、悪くない。理想とは遠過ぎっけど、こんな最期も、わるく、な――、 |