息をするだけで神経が磨り減りそうだ。 背後に気を配りながら極力音を立てないように慎重に声を辿った先で、目に飛び込んだ光景に考えるより先に体が動いた。


「―ッ!」


腕が痺れる。軋む床を一気に蹴り上げて強引に体を捻じ込んだ所為で喧しい心臓を短い息を繰り返すことで何とか宥め、にやりと口角を上げる。


「ハズレだと思ったけど意外にやるな」

「、ま、さき…?」
「チッ」
「いつまで座ってんだ、さっさと立て」


こちとりゃ動体視力も反射神経も並みに毛が生えた程度なんだよ。
ツゥ、米神を滑ったのは数分前に被った水か冷や汗か。どう前向きに考えてもこの状況はこっちが不利だ。

俺の登場に驚いて手を止めていた間宮がゆっくりとボウガンを構え直す。 なのにあんたは何だってんだ。 間宮の動きを警戒しながらも素早く後ろに視線を流せば、俺が走り出す前と変わらぬ体勢の翼に目じりが引き攣った。 盛大に舌を打ち鳴らして怒鳴り散らしたい衝動を冷静な部分で押し殺し指先の腹まで神経を研ぎ澄ませる。 あいつが指を引いたら矢を弾く。考えるより感じろ。―今ッ!


「っく、」
「柾輝っ!」


あっぶね、ギリだ。舌打ちした間宮が次の矢を番える間に床に刺さった矢を左手で引き抜いて投げる。 躱されはしたが隙は出来た。 もう一本、翼の足元に刺さっていたものを構えれば体勢を整えた間宮も警戒したのかボウガンを構えはしたが撃ってはこない。


「柾輝!馬鹿なことすんな!!」
「馬鹿はあんただ!何やってんだよ死にてえのかっ!」
「ッ、」
「頭の良いあんたなら今話し合いが出来る状況じゃねえのもフライパンとボウガンじゃ勝負になんねえのもわかんだろーが!!」


意味もわからないまま殺し合いをしろと言われて、極度の緊張状態で精神は磨り減り、とうとう人が死んだ。
怯えてんのも混乱してんのも皆同じ。―よく見ろよ、間宮なんて焦点合ってねえだろ。 今のこいつになに言ったって届かねえ。悔しいけど。


「でもっ!…間宮、落ち着け。いいか、俺たちはお前と戦うつもりなんてないんだ」


ギシッと床が軋む音がしてゆっくりと翼が立ち上がる。
慎重に言葉を連ねてるようだけど、駄目だ、こいつもまだ冷静じゃない!


「しにたくないしにたくないしにたくない」
「間宮ッ!」
「!、ばっ」
「死にたくない」


俺の横に翼が並んだと同時、間宮の眼にギッと力が籠り引き金に掛かった指が動く――クソッ!


「え?」
「―ッ、」
「ま、さき……っ柾輝!?」
「、の馬鹿。ちっとは頭冷えたかよ」


悪ぃな、勢い付き過ぎて押し潰しちまった。俺の体のすぐ下には我らがキャプテンの見慣れた綺麗な顔。
床に散らばった矢とフライパンに手を伸ばそうとしたが、「―柾輝ッ!」更なる衝撃に息が詰まり指先が痺れた。
…ああ、これは結構、拙いな。

驚愕に染まった見慣れた顔に、ぽたり、赤い液体が降る。