最後に残る細い糸。



幼馴染




「英士」
「なに」
「はい、これ」

点火前の花火を差し出せば少しだけ眉を寄せたように見えた。(暗いからわかり難いけど)
あたしの手から英士の手に移った花火に少し前に火を点けたばかりの花火から火を移す。

「今日も学校行ってきたの?」
「午前だけね。補習受けないと卒業出来ないから」
「公欠扱いにならないんだね」
「部活の大会じゃないし。まあ、レポートとかで済むのも多いよ」
「そっか」

中学までは義務教育だから出席日数なんて関係なかったけど高校ではそうもいかない。
サッカーの関係で学校を休むことが多い英士は、三年の今だけでなく今までも進級の度に補修やら何やらを受けていた。
(勿論他校の一馬や結人も同じ)(結人はよくレポートが書けないと英士に泣きついてたっけ)

「…ねぇ、英士は二人と離れるの寂しいって思ったりする?」
「なに、急に」
「ずっと一緒にプレーしてきた親友と別のチームになるから、どうなのかなって」

目を見て話すことが出来なくて視線は花火に落としたまま。
だから、隣の英士の瞳が今なにを映しているかなんてわかる筈もなくて、

「…さあ。実際に離れてみないとわからないよ。……心細さは感じるかもしれない。でもそれ以上に」

でもなんとなく、きっと英士も同じだろうと思う。

今横を向いてもきっと目は合わない。英士はあたしを見ていない。
もしもこっちを向いていたとしても、その瞳は透明なんだ。


「アイツラと戦うのは楽しみだ。―大事な仲間だけど、ライバルでもあるから」


瞳の中で揺れる花火。だけど英士が灯すのは、花火みたいにやがては消えてしまう炎じゃない。

――昔からずっとそうだった。一馬も結人も英士も、瞳の奥に炎を宿していた。
それは時折激しく燃えて、寂しげに揺れて、だけど決して消えることのない、ひかり

あたしにはない光が羨ましくて、妬ましくて、いつだって寂しかった。
こんなに近くにいるのに。手を伸ばせば触れられる距離にいるのに。あたしはその輪の中には入れない。
近くて遠い距離。…きっと、あたしがサッカーのことを知ろうとしなかったのは、どこかでサッカーを嫌っていたからだと思う。
(だってソレはあたしから大好きな人を奪った)(だけどソレがなければ大好きな人の大好きな人たちとは出会えなかった)
弱虫で強がりなあたしは、好きな人の好きなものを好きになりたくて、気持ちだけでも同じ場所に立ちたくて、
ドロドロとした感情に蓋をして目隠しをした。

……ばかだなあ。

目指すものが違うなら立つ場所が違うのは当たり前なのに。
同じもので繋がれなくても、別のもので繋がれれば十分だよね。今ならちゃんとわかる。


「それに一緒にプレーしたいなら日本代表に選ばれれば良いだけの話でしょ」


ゆるゆると肩の力が抜ける。顔を上げて隣を見ればかっちりと視線がぶつかって、力が抜けすぎて思わず笑ってしまった。
だって英士、気負うわけでもなくいつも通りの涼しい顔なんだもん。
あたしは心が読めるわけじゃないから見たままを受け入れることしか出来ないけれど、

「……うん、そっか、そうだね。一緒じゃなくても、一緒なんだね」
「なにそれ気持ち悪い。四六時中一緒なんてご免だよ」
「相変わらず素直じゃないね」
に言われたくない。…まあでも納得の行く答えをあげられたみたいだね」
「え?」
「だって、憑き物が落ちたみたいな顔してる」

意地の悪さを感じさせない声音。音もなく形作るのは、静かな微笑み。

「俺たちがバラバラになったらもう会えないとでも思ったの?」
「…なんで、」
「なに?」
「……、何でもない」
「そう」

―また、微笑う。

なんでわかるの。なんであたしが言葉に出来ないことまで簡単に見抜いちゃうの。
隠し事は得意なのに、英士の前ではいつだって全部が無意味になる。
あたしは英士のことなんにもわかんないのに、なんで?


「好きだから」
「!」
のことずっと見てたから、が考えそうなことくらいすぐわかるよ」
「……、あたしは、」

「おーい英士!デッケェの一発行くからこっち来い!」
「お前マジでこれやんのかよ!?」
「あったりまえだっつの。かじゅまくんがビビってっから英士俺のアシストよろしく」
「…また面倒な。…さっき何か言いかけてたけど、なに」
「……何でもない。貸して、片付けとく」
「…そう」

少しだけ不思議そうに首を倒した英士の手からただの棒になった花火を受け取って先に行くよう目で示す。
一歩進んで振り返った英士は、だけど何も言わずに背を向けた。

役目を終えた花火の残骸にまた少し水を落とせばジュウッと萎む音。
いつの間にか白くなっていたアスファルトの焦げ付いた匂いが妙にはっきりと染みついて、沁みる。

「…わかんないよ。自分のことなのに全然、わかんない」

英士ならわかるの?絡まった糸の先を見つけられるの?
(言い掛けた言葉を今更風に乗せても答えはこない)(…あたしはどんな答えが欲しかったんだろう)