おんなのこはあまいあまいふわふわのわたがしなの。

母さんに何度も言われていたその言葉は必ずしも全ての女の子に当て嵌まるわけではないのだと、俺は幼いながらに知っていた。
だってあの子はふわふわというよりもどこか尖ってて、だけどあまい、ちぐはぐな女の子。


「ねえたくちゃん、犬ってなにあげれば喜ぶと思う?」


寄り掛かっていたベッドを仰ぎ見れば寝転んで視線だけを俺に寄こしたと目が合った。
腹の上に載っている大きな犬の抱き枕の顔をぐにぐにと潰すものだから元は可愛い筈の犬がなんとも不細工になっている。


「それって俺の知ってる犬?」
「じゃなきゃ訊かない」
「だよな。…がくれる物ならなんでも喜びそうだけど……」
「骨っこでも?」
「……喜びそうで怖い」
「わたしはドン引き」


真顔でぐにゃりと犬の顔全体を押し潰す。うわもうほんと不細工だからやめたげて。


「でもなんで急にプレゼントしたいなんて思ったの?」
「別にプレゼントがしたいわけじゃないよ」
「じゃあなんで?」
「部屋が窮屈に感じるくらいには住民が増え続けてるから」
「…確かにまた一層賑やかになったよな」
「欲しいのあるなら連れてって良いよ」


投げやりな言葉を聞きながら改めて部屋の中を見渡せば視線を動かす度になにかしらの生き物と目が合って苦笑い。
大きさも形も豊富なそれらは殆どがUFOキャッチャーの景品で、元々殺風景だった筈のの部屋に我が物顔で居座っている。


「これとか」


わふ、頭に重み。首を上に動かせばさっきまでの腹の上に寝そべっていた犬の真っ黒い瞳と目が合う。
想像してたより肌触りが良いな。なんて感想を抱きながらやんわりと押し返した。


「あいつが泣くよ」
「遠吠えはちょっと」
「そっちじゃないだろ」


こいつに注ぎ込まれた額をは知らないし俺はそれで良いと思ってる。
知ったら知ったで怨念が籠ってそうだと顔を顰める気がするけど、の中であいつの株が上昇するかもしれないから俺は教えてあげない。
…上昇っていうか、可笑しな方向に突き抜けそうだなあ。


「たくちゃんはこの子嫌い?」
は結構気に入ってるよね」
「ブサカワイイ」
「そうしてるのが自分だってことわかってる?」
「犬見ると忠犬もどきくんを思い出すからつい」
「いじめたくなる?」
「んん、そんな感じ?」
のそういうとこって小学生みたいだよな」


愛情表現の仕方がまさにそれ。
興味のないことにはとことん無関心で面倒事にならないように状況に応じて上手く猫を被って その場をやり過ごせればそれで良いという淡泊な面を持つだからこそ、 失礼だとわかっていながらオブラートに包むことなく放り投げるのは一線を越えた者にだけ。
あいつに対して遠慮をしないのも、つまりはそういうことになるんだ。

面白くないなと感じてしまうのは、きっと子供染みた独占欲。

同い年のいとことは昔から割と仲は良かったけど、の性格もあって頻繁に連絡を取ったりはしないし顔を合わせるのも年に数回。
それでも物心付いたときにはとして認識してたから思春期になっても異性に対する気恥かしさは抱かなかったし、 どちらかというと昔から俺の目線の下に頭があったのことは妹のように見ていたんだと思う。
困っていたら助けてやりたいと思うのは極自然で、ストレートな物言いに腹を立てたことはあっても心底憎らしく思ったことはない。 多少捻くれた甘え方も可愛いと思えるほどで。

俺にとって護るべき対象であると頻繁に連絡を取るようになったのは中二の夏。

あいつがに構えば構うほどが俺に連絡を取る回数も増えるんだから、俺としても楽しかったんだ。
それにがあいつを犬扱いするようにあいつも最初の内はのことを新しく見つけたお気に入りのオモチャという視点でしか見てなかったから。
別にあいつの性格が悪いとかじゃなくて、ただ純粋にサッカー以外で興味を惹かれるものを見つけてはしゃいでたんだろう。 ―それが少しずつ変化してったんだけど、


「たくちゃんは猫みたいだよね」
「そう?」
「どっちかっていうと猫」
「…確かに俺は犬みたいに可愛く尻尾は振れないなあ」


自分の感情をストレートに表現するのはあまり得意な方じゃない。だから時々、やあいつのことが羨ましくなるんだ。
徐々にずり落ちてきた肌触りの良い犬を今度こそ押し退けようと手を伸ばすけど、それより先に加わった新たな重みによって憚られた。

わふ、頭の上の更なる重みは視界に影を落とした犬の顔を顎で押し潰す。
俺の視線に気づいたのか覗き込むようにして俺と目を合わせたは顔色も声色もそのままに、


「でもわたし犬より猫のが好きだよ」



きみがくれるのは いとしい というこころ



俺の複雑な心境なんては知らないし知ろうともしていないだろう。
それでも俺は、いつだっての一言には敵わないんだ。

にとってなんてことのない些細な言葉が俺にとってはなによりあまい


「…も犬っていうよりは猫だよね」
「炬燵で丸くなりたい派だもん。だから犬の気持ちなんてさっぱりわかんない」


敵に塩を送るなんて柄じゃないけど、しょうがないな。
可愛い妹みたいないとこがあいつのことで困ってるなんてなんか癪だしさっさとの頭の中から追い払うとしよう。


「あいつが喜びそうな物探しに行こうか」



くちびるにこんぺいとう



だけどまだ誰にもやらない。






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犬、飼い始めました。シリーズの番外編としてお送りしました笠井くん。
相変わらず犬扱いされてるエースストライカーのことを可哀想だなあと思いつつも、
ふとしたときに優越感とか嫉妬とかを覚えてしまう複雑な兄(いとこ)心。
猫と猫のじゃれ合いって可愛いなあ。あっさりしつつも仲良しな二人。