久々に特例が下りたと聞いたときはよっぽどの暇人でもいたのかと特に興味はなかった。
天使とか悪魔とか死神だとか役職名が定まらないそれは俺には関係なく、俺は今まで通り自分の仕事を処理するだけ。 ―そう思っていたからだ。

それがまさか、こんなことになるなんてね。


「あのー、なんか、スイマセンー」


黒目を右へ左へと泳がせながらなにかを誤魔化すように頬を掻く。
第三者から見ても誠心誠意の謝罪には見えないだろう態度を一瞥して再び処理途中の資料に目を落とした。

、肉体年齢十四歳。一年ほど前に重罪を犯したと判断された魂。

大層な肩書きだが彼女の罪は彼女自身の所為ではなく予定外の干渉による突発的な事故に巻き込まれて短い人生を終えることになった所為だから憐れみの対象となっても可笑しくはないし、 それを考えれば彼女の訴えを聞き入れて特例が下りるのも自然な流れだ。普通なら。

日々何千もの魂を処理している俺たちにとって死に関する感情は薄い。
全員がそうだと断言はしないが少なくとも思い返すのも億劫な頃からこの職に就いている俺や俺と近い立場のやつらは大抵そう思っているだろう。 俺の知る唯一の例外は一人だけ。 そいつと同じ立場の二人は俺と似たような考えだと思っていたけど、彼女の一件で違うと気づかされた。


「説明されてるかはちょっとわかんないですけど、なんと言いますか、ぶっちゃけあたしこの仕事向いてなくてですねー」


特例はないのかと持ち掛けたのは当然だが彼女だったらしいが、口であいつに勝るのなどまず無理な話。
五本の指に入る立場に就くあの男がこなす仕事量は今上にいるやつらの中で一番多いと噂されるほどのもので、 激務に追われ文句を言いながらもそつなく仕事をこなすあいつが情に流されたとは思えない。
それどころか彼女の訴えを鼻で笑って、周りのやる気まで削ぎ落しそうなこの口が二度と開かないよう徹底的に言い負かしそうなのに。

少なくとも俺は今、という魂のなにかがあの男の琴線に触れたのかと少しでも興味を持った過去の自分を鼻で笑い飛ばしてやりたい。

代理なんて引き受けるんじゃなかった。この口調が不快感と直結する。
右から左に抜けて行くふわんふわんの言葉を俺の中に繋ぎ止めていようなんてこれっぽっちも思わない。


「言い訳はいらない」


堅く閉ざしていた唇を開く。視界の隅で右へ左へと迷子になっていた視線がぴたりと動きを止めた。


「俺は飽くまで代理だから何度幽霊を逃がそうが仕事をサボろうが構わないよ」
「あ、そーですか?助かりますー」
「その所為で転生できなくても自業自得でしょ。だけどその所為であいつが戻って来れないのは話が別」
「…はい?」
「なにも知らないみたいだけど、監視役として付き合わされてるあいつは優秀だから重宝されててね」
「はあ、」
「あいつはいつ戻って来るんだって上じゃ色んなやつが言ってるよ」
「……つまり、郭さんを含め上の人たちにあたしは嫌われてるってことですか」
「へえ、察しは悪くないんだ?」



ほしかったのはきみの なみだ



「俺のこと嫌いなんだってね」
「…ハ?、じゃなくて、え、あの、なんですかー藪から棒に」
「そんな話を耳にしたから訊いてみようと思って。嫌いなんでしょ、俺のこと」
「あたしが、ですか?……なるほど、発信源はもしかしなくとも金髪幽霊ですよねー」
「一応言っておくけど誤魔化されないよ」
「……いやいやまさかそんなつもりはこれっぽっちもないです、よー?」
「そう?」
「勿論ですー」
「じゃあさっさと答えてくれる?」


ぴくりと頬を引き攣らせたに手が止まってると指摘すれば慌てて動きを再開した。

の転生が先送りになったと聞いたときは優秀な監視役がいながらどんな失敗ができるのかとある意味感心した。
あっちとこっちを行き来するようになった二人とそれなりの頻度で顔を合わせるようになって暫く、 周りのやる気まで削ぎ落すような口調や態度は相変わらずだけど俺を前にするとが少し硬くなるのに気づいたから不思議には思ってて、


「嫌いだなんてとんでもない!そんな失礼なことを言いやがったどこぞの金髪幽霊さんのことは責任持って後でぶん殴っておくんでご安心をー」
「ほんとうに?」
「勿論ですよー責任持って全力で拳を叩き込みますー」
「そっちじゃないんだけど」
「…ですよねー」


本棚の隙間から見下ろしたは俺の視線にまるで気づいていないように資料を整理する手を休めない。


「嫌いじゃないのはほんとですー。てかそもそも郭さんこそあたしのこと嫌ってるじゃないですかー」
「、は?」
「え?」


顔を上げたと見事に視線がぶつかって、はシマッタと言わんばかりに顔を強ばらせた。
この様子だとやっぱり俺の視線に気づいていながら素知らぬふりをしてたんだろう。だけど今はそんなことより、が放った一言の方が重大だ。


「俺がいつを嫌いだって言った?」
「え、だって初めて会ったときにあたしの上での評判がどーのこーのって話になりました、よ、ね?」
「…嫌いだとは言ってないでしょ」
「はっきり言われてはないですけど、…え?だって流れ的にもお前のことなんて大嫌いなんだよさっさと消え失せろ!って感じでしたよね?」
「……馬鹿じゃないの」
「そこは否定できませんーでも今の流れでなんで貶されたのかさっぱりですー」


逃げるようにするりと泳いだ視線を捕まえる術は知らなくても、無理矢理にでもこっちを向かせることならできる。


「俺はのこと結構好きなんだけど」


ほら、できた。
眉間に皺を寄せて俺を見上げた顔はお世辞にも可愛いとは言えないけど、面白いから嫌いじゃないよ。


―泣くかと思ったんだ。…違う、泣かせたかった、が正解かな。
あのとき、不快感に蝕まれた俺はを傷つけてやろうと思って遠回しでも伝わるように嫌味を言った。
だけど彼女は泣くどころかこれっぽっちも気にする様子はなく、それがまるでお前なんかの言葉じゃなに一つ響かないんだと言われているようで妙に悔しかったのを憶えてる。


は俺に嫌われてると思ってたから俺を避けてたってこと?」
「…まあ、そんな感じですかねーはい」
「あのときは普通だったのになんで今更避けるの?」
「やー、だってあのときは郭さんは代理で来た人でもう二度と関わらないだろうなーと思ってたので、別に嫌われようがなんだろうがどうでも良かったって言いますか…」
「じゃあ今はどうでも良くないってこと?」
「そりゃあ郭さんとは何度も顔を合わせますし、嫌われてるとなればちょっと居心地が悪いじゃないですかー」
「…そう」
「あ、でも郭さんの好きが弄り甲斐がある的な意味の好きってのは理解してるんで安心してくださいー」
「……。へえ、察しは悪くないんだ?」
「日々優秀な上司サマの鋭い視線に鍛えられているんでー」


ああほんと、可愛気の欠片もない。
あのときと同じ言葉を選んだ俺に同じ言葉を返したのも、口調がそのまま表情に現れたように力を抜いたのも、多分きっと偶然なんかじゃなくて、



クラッシュカッター



切り裂くつもりが砕かれたなんて、ね。






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好きなキャラとして郭くんを挙げていただいたので、after worldの番外編にしちゃいました!
これっぽっちも関心を持たれないのって悔しかったりしますよね。
ゆるゆるだるだるな彼女の冷めた一面に触れてうっかり興味を持ったけど誤解されたまま時は過ぎ…(笑)
ようやく誤解は解けたけども、この二人は今後も噛み合わなそうだなあ、なんて。