気づいていないんだろうか。どうして気づけないんだろう。 不機嫌そうに顰められた眉は、痛みを堪えているのだということに 幼馴染 「誰だって嫌いな人には馴れ馴れしくされたくないでしょ」 「でも確か二人とも委員会が同じじゃなかった?」 「好きで一緒になったわけじゃない」 「そうなんだ。…でもさんってそんな嫌な感じの人じゃないのに、なんで嫌いなの?」 「…それ、本人を前にして言わせる気?」 それは冷たい笑みだった。侮蔑や憐憫を孕んだ、凍るような声音だった。 ――あぁ、なんて、 「おい郭!いくらなんでもそこまで言うことないだろ!」 「どうして?俺が誰を嫌おうが俺の自由だ」 「そうだけどっ、でもだからって言って良いことと悪いことってあんだろーが!」 ひそひそ、ひそひそ、 小さな囁きはやがて大きく大きく膨らみ始める。 郭くんってあんな人だったの?さん可哀想。でもはっきりしてて格好良くない?それでこそ郭くん!みたいな。 えー、あたしだったら泣いちゃう。みんなの前でこんなぶっちゃけなくてもさあ…。 がやがや、がやがや 膨らんで混ざり合った声は最早雑音としか言えずに。 「俺はさんが嫌いなんだよ」 あぁ、なんて――上手い演技。 英士は人の気を惹くのが上手い役者だ。不穏な空気までもを全部自分に引きつけて、主人公にして悪役の出来上がり。 主人公の名演技によってただのエキストラが一気に悲劇のヒロインだ。なんという大出世。 「疑問は解消されたと思うけど、もう良い?」 「ちょっと待てよ…!」 「ほら加藤、察してあげないと。流石の郭だってこの空気の中にいたくはないだろうし」 主演男優賞にも輝けそうな演技を披露したまま、悪役の仮面を被った主人公は観客の気を惹いたまま舞台袖へ ……なんて、行かせるわけないでしょう。 生憎とあたしは大根役者だから、舞台上での正しい立ち回り方なんてわからない。 それに、芝居上手な役者さんの仮面の隙間の素顔に気づいてしまったから。(知っていたから) 「待って」 「待って英士。そんな嘘、ついてくれなくていい」 「なにを、」 「自分勝手でごめん。だけど、今までずっとあたしの我儘に付き合ってくれたんだから、最後の我儘にも付き合ってよ」 「……。ほんと、って我儘」 「うん、ごめんね。でも今更でしょう?」 がらりと変わった雰囲気に困惑するのは周りの方だ。 さあて、腹を括るとしますか。視線の先の英士が、やわらかく目を細めた。 「んじゃ結局ぜーんぶ話したわけか」 「全部っていうか、一馬やちゃんのこととかまで詳しく話してはないけど、一応」 「クラスのヤツラはなんて?」 「驚いてたけど、割とあっさり納得してくれたよ」 「ま、英士と仲良い女子がどうなるかってのはわかってるだろうしなー。良かったじゃん」 「うん、ほんとに。あたしあのクラスでほんと良かった」 「そっかそっか。で?」 「……なに、もうこれで全部だよ」 「いーや、まだ俺が一番気になることは聞いてないぜ?」 「…、……別に、なにもない」 「ほんとかぁ?」 「英士には感謝してるし悪いとも思ってる。それこそ足向けて寝れないほどに。でもそれだけ!」 最後はつい声を荒げてしまったけど、だって結人がにやにやしてるから悪いんだもん。 てか、そもそも何でこうもタイミング良く結人が現れたのか不思議でならない。 今となっては数時間前。今日も今日とて竹箒を手に掃除をしている中、昨日と同じくして颯爽と現れたのだ。 どんなデジャヴかと思ったよ…!しかも連れ去り方まで全く同じ!(違ったのは加藤くんと英士のやり取りだけ)(二人とも昼のことは一切引きずってない) 「英士のこと見直した?」 「…別に」 「えー」 「……だって見直すもなにも、英士が優しいのなんて今更でしょう」 「へーえ?」 「まあ、底意地が悪いのも今更だけどね」 の我儘に付き合ってあげたんだから、勿論俺の我儘にも付き合ってくれるんだよね? ……内容は? 俺の誕生日、知ってる? 知ってる。 その日一日俺に付き合って。…どんな風に祝ってもらおうかな。 …あの、無理なことは無理だから、ね?出来ないって思ったら断るから。 あれ、の我儘はさっきので最後だったんじゃなかった? 〜〜ッ! 数時間前のことを思い出して小さく溜息。…あれ、てかあたし我儘は言ってなくない……? どちらにしても一ヶ月後の二十五日の予定が埋まったことに変わりはないけど。 「ふうん?ま、今日のところは良しとしよう」 「なにそれ」 「さて、頑張ったチャンに結人様がご褒美を進ぜよう」 「変な物はいらないよ?」 「ひでー!違ぇって。……これ、なーんだ」 「…?」 目の前でぱっかりと開いた携帯電話。 画面が映すのは数時間前に送られてきたらしい一通のメールで、本文にはブイサインをした顔文字のみ。 「これが、なに?」 「このメールの送り主誰だと思う?」 「わかんないよ。結人呼び名で登録してるし」 「ヒント、あるときはお茶目な少年A」 「…え、」 「更にヒント、あるときは爆弾投下犯」 「……もしかして、」 「わり、アイツって俺のメル友なんだわ」 口の堅い結人クンにもうっかりってあってさ。お前らのことちょーっとだけ喋っちった。 にっかし笑ったその顔に今度こそ盛大な顰め面を披露した。 (真犯人!)(すかさず英士に電話を掛けたあたしはきっと悪くない) |