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駆け抜けてきた日々、音もなく走ったヒビ
あたしの胸にある満たされないコップには、並々とやさしさが注がれていたのに、
――気づかずにこぼしてしまっていたのは、あたし



幼馴染




「おはよ優花、そんなとこで何やってんの?」
「…あ、おはよう」

闇雲に走ったつもりでも、気づけば見慣れた教室の近くまで来ていたようだ。
丁度登校してきた友人の声にはっとして顔を上げ、平静を装って小さく微笑む。
…大丈夫。あたしは大丈夫。あたしが傷ついた顔なんかしちゃいけない。だってあたしは、


「痛そうな顔してたなあ……」

「え、なに?」
「ううん、何でもない」

憎まれ口には慣れてるのに、どうしていつもみたいに出来なかったんだろう。
贔屓目を抜きにしても結人は格好良いと思うし、結人みたいな彼氏が欲しいって思っても可笑しくはない。
何もあそこまで言わなくても良かったよね。…謝ってくれたのに、逃げてきちゃったし。

ふと思う。逆の立場だったらどうだろう、と。

……痛い、な。
自分の所為で好きな人が泣いて、謝っても聞いてくれなくて、伸ばした手を振り払われて、終いには逃げられる。
一馬にそんなことされたら当分立ち直れない。それが結人でも英士でもおんなじ。

どうやって謝ろう…。傷つけたのはあたし。だから、今度はあたしが謝らなくちゃいけない。



「大丈夫優花ちゃん?」

気遣わしげな声に視線を向ければ小首を傾げた友人の顔。
随分前から止まっていた箸を置いて一言――「大丈夫」。

「なら良いんだけど…朝からずっとそんな顔してるから」
「まあ優花が気にするのもわかるけど、その内興味失くすだろうから放っておけば良いのよ」
「うちのクラスの子たちはあんまり気にしてないもんね」
「そーそ。あの馬鹿が騒いだ所為で無駄に注目浴びちゃったけど、少なくともクラスのヤツラは誤解だって知ってるし」

昨日の言葉通り、あたしが帰った後に加藤くんを主とした周囲の人たちの誤解は解いてくれたらしく、
今朝教室に入ったときなんかクラスメートの数人に「災難だったねー」と笑い話にされたものだ。
噂話の標的にされやすい英士がいることもあって、うちのクラスは基本的にこの手の話を最初から鵜呑みにはしない。
友人だけでなくクラスメートにも恵まれてるなーと、少しだけ気持ちが軽くなった。

「あからさまにガン見してくるヤツラなんかいちいち気にするだけ無駄だからね」
「ありがと。でもほんとに気にしてないから平気」

昼休みが始まったばかりの教室は賑やかで、お昼を一緒に食べる為に他のクラスの人たちも混じっている。
ちらちらと向けられる視線が全く気にならないと言えば嘘になるけれど、今はそんなことより気になっていることがあるわけで

結局謝れてないんだよね…。

あれから一度も話すタイミングが掴めずに時間ばかりが過ぎてしまった。
メールや電話で謝ることも出来るけれど、こういうのは早い内に直接顔を見て伝えるべきだというのがあたしの持論。
クラスメートの郭くんには必要以上に接触しないようにしていたのはあたしだし、自業自得なんだけどね。
(英士が一人になってくれればなあ)(でも基本的に教室から出ないんだよね)

ううむ、どうしたものか。
萎んでしまった食欲が戻ることはなさそうなので、まだ中身の残った弁当箱を片付ける。

「ねぇ小羽さん」
「…ん?」

耳慣れない声に口では応えながら心の中ではどうやって謝るかを考えてばかり。
だけどそんなあたしの心の内なんて他の人にわかる筈もなく(てかわかられたら困る!)、続いて掛けられた声はさっきよりも近くて。

「若菜結人くんって、サッカーで有名な若菜くんだよね?」
「ええと、…うん、そうだと思うけど」
小羽さんと若菜くんって付き合ってるわけじゃないんでしょ?」
「うん、ただの友達」
「あたしね、前から若菜くんのファンなんだー。もし良かったらメアドとか教えてくれないかな?」
「ん、と……それはちょっと、」
「ちょ、サッカーの若菜ってU-19とかに選ばれてる若菜!?」
「……うん?」
「マジで!?昨日来てたのかよ…うっわー見逃したー」

え、結人ってそんな有名なの?少し離れた位置から悔しそうな声を漏らしたのはきっと元サッカー部。
違うクラスの人だからよくわかんないけどうちのクラスの元サッカー部集団と一緒にいるし、そうじゃないとしてもサッカーが好きなんだろう。

「U-19ならうちにも郭がいるから良いじゃん。ほら、見放題だぜ」
「バ加藤!そんなんもう見飽きたっつーの!」
「失礼なヤツだなー。良いのか郭、んなこと言われてんぜ?……はいスルー!英士くんのスルーいただきましたー!」

「…ほんっと馬鹿」
「加藤くんはいつも賑やかだねえ」
「お願い小羽さん!若菜くんに教えて良いか訊いてくれるだけでも…!」
「ううん、そういうのってやり出すとキリがないから…ごめんね」
「そっか…。じゃあ応援してるってだけでも伝えてくれるかな?」
「それなら勿論」
「ありがと!無理言ってごめんね」

「つーかよ、若菜結人って郭と仲良いんだろ?あと真田一馬も……あれ、小羽さんって野上ヶ丘じゃなかったっけ?」

「若菜と仲良くて真田と中学一緒だったのに郭とは全然話さないよなー。知り合いじゃなかったの?」
「……え、と…」
「そんなこと訊いてどうすんのよ。同じ学校通ってても関わらないヤツもいるでしょ」
優花ちゃんはサッカーとか詳しくないし、若菜くんとはそういう話しなかったんじゃないかなあ」


言葉を詰まらせるあたしの代わりにある程度の事情を知っている二人がフォローしてくれる。
加藤くんたちと一緒に、というか巻き込まれるようにしてお昼を食べている英士は我関せずと涼しい顔。

「ふーんそっか、そんなもんか」
「…そういえば一時期、郭と小羽さんが付き合ってるって噂流れたよね」

一瞬で空気が変わる
季節外れにも背中を流れた汗はやけに冷たく、
スピーカーが吐き出す流行りの曲だけが場違いに思えるほど軽快なリズムを奏で続けていた。
(…あぁ、)(カラッポの音)