覆水盆に返らず。後悔先に立たず。 言葉だけを知っていても、何の意味もないよね。 繰り返すだけのごめんねも、届かなければ意味がない。 幼馴染 がやがやと騒がしい教室の前で深呼吸。 ここに辿り着くまでに浴びたいくつかの視線は以前英士との関係を噂されたときのものと似ていた。 ……よし。中に入ろうと手を掛けたそのとき、 「さん、ちょっと良いかな」 だから何で疑問形じゃないんですか?鞄を掴まれたら逃げようがないけれど。 「…あの、」 「黙って」 「……」 理不尽だと思ったあたしは何か間違っているだろうか。(いや、間違っていない) 思わず反語を使っちゃうあたしは、多分現実逃避をしたかったんだと思う。ちなみに古典の成績は割と良い方だ。 鞄を引っ張られるままに歩いていれば登校してくる人たちから色んな視線を向けられて居心地の悪さに視線を落とす。 あぁほんと、勘弁してくれ。警察に連行されている犯罪者の気分。 「さんっていつの間に彼氏が出来たの?」 止まった足。落ちてきた声を合図にゆっくりと視線を上げる。 規則正しく並んだ机や棚を視界に収め、成程ここは図書室の二階かと理解した。(朝は基本的に誰もいない)(下にはいるかもしれないけど) 「ねぇ、聞いてる?」 「え、あ、うん」 いつの間にか近くの椅子に腰を下ろしていた英士の不機嫌そうな顔を見下ろして この様子だと昨日あたしを迎えに来たのが結人だってことを知らないんだな、とぼんやりと考えると同時に こうなるだろうとわかっていながら結人は敢えて英士に黙っていたんだろうと内心大きく息を吐いた。 「窓からじゃ見えなかったみたいだけど、昨日のは結人だよ」 「…結人?」 「そう。買い物に付き合って欲しくて学校まで来たんだって」 「ふうん…それで掃除を投げだして二人でデートしてたんだ?」 「や、だからデートじゃなくて、」 「加藤はそう言ってたけど?」 「それは加藤くんが勝手に…その後ちゃんと否定したし」 「でも結人と二人で出掛けたんでしょ」 「それは、そうだけど……」 なにこれ。何でこんな責められるような言い方をされなきゃいけないんだろう。 あたしと結人が二人で出掛けるなんて初めてじゃないし、それは英士だって知ってるのに、 「結人と付き合ってるって言われて満更でもなかったんじゃない」 ぱちん、 「だったら、なに?」 唇から零れた温度の冷たさに自分でも驚いた。 英士の表情が変わったのに気づきながら、だけど弾けた感情はそう簡単には止まらなくて 「なんで英士にそんなこと言われなきゃいけないの?」 「…」 「結人のことは大好きだよ。優しいし、面白いし、困ったときにいつも助けてくれる」 「……」 「偶にやり過ぎることもあるけど、少なくともこんな風にっ、英士みたいにあたしの気持ち勝手に決めたりしない…!」 「……、」 「なんで、信じてくれないの…」 ぎゅっと丸めた掌とは裏腹に力を失くした膝がへなりと床に着く。 かなしくて、なにが悲しいのかわからないけどとにかく哀しくて、 身体の中を埋め尽くしていく感情にただ涙がこぼれた。 「、ごめん」 握り締めた掌にふわりと触れた温度 静かな声も、触れた指先もどこまでもやさしかったけれど、 「、やっ!」 咄嗟に振り払って、ぶつかった部分にぴりりと一瞬痛みが走る。 「……ぁ、」 ゆるゆると持ち上げた瞳が映した表情に周りから音が消えた 「あの、あたし……、ッごめん、」 力が抜けて床にへたり込んだのが嘘みたいに素早く立ち上がりそのままの勢いでその場から飛び出す。 肩からずり落ちた鞄の持ち手が腕に食い込むのも構わずに走って、走って、 「最低」 吐き捨てた言葉は誰に届くでもなく風に流されて、結局はあたしの中に刻まれるだけだった。 (あんな顔させたいわけじゃないのに、)(ごめん。ごめんなさい) |