物事の始まりはいつだって些細なこと。 幼馴染 「ふーん、で?」 どこか楽しそうに小首を傾げた結人に思わず眉間に皺が寄る。 そんなあたしの変化に気が付いたのか、結人は更ににやにやと意地悪く笑った。 …あぁもう、何でこんなことになったんだ。出来ることなら時計を逆回転させたい。 「って男いたんだな」 「………、ごめん、今なんて?」 「だからー、彼氏いたんだって話」 「………はい?」 寝耳に水ですが。 ぱちくりと目を丸くしたあたしを置いて進んで行く会話に近くにいた人たちも加わって一気に賑やかに。 みんな掃除に集中しようよ。そもそも何で疑問形じゃなく断定なの? 「ちょっと待ってよ、に彼氏がいたなんてうちら知らないけど」 「でもこないだ男と二人で仲良さそうに歩いてたぜ?」 「それなら友達でも可笑しくないよね。勝手に決め付けて話すのはあんまり良くないよ?」 固まったあたしの代わりに口を挟んでくれた友人たちの表情や口調は少しばかりささくれ立っていて、 だけどそれはあたしに向けるというより話題を振ってきたクラスメートに向かっているように見える。 良い友達を持ったなあ…。場違いだと思いつつもしみじみと頷いてしまった。(だって嬉しいんだもん) 「コラ、他人事みたいな顔してるけどアンタの話だからねこれ」 「あーうん、ちょっと感動してて」 「今の流れで何に感動すんのよ。それより否定なり肯定なりしないとこの馬鹿に好き勝手広められるわよ」 「え、なにそれ彼氏に言う台詞?」 「だからこそ言ってあげてんの」 「夫婦漫才は置いといて、ちゃんも何か言わないと色々と勘違いされちゃうよ?」 「えーと…加藤くん、この前っていつ?」 「多分先週の土曜。見るからにモテ男って感じの明るい茶髪と一緒にいただろ?」 「先週……あぁ、うん、友達」 「彼氏じゃねーの!?」 「うん。てかあたし彼氏いないし」 「でも良い感じだったぜ?付き合っちゃえば?」 「馬鹿。なんでアンタが勝手に決めてんの」 「えーだって良いヤツなのに彼氏いねぇの勿体ねーじゃん。モテないわけじゃないしさ、ほら去年の修学旅行ん時だって」 「修学旅行?」 「あ、何でもない!勘違い勘違い!」 「あっそ。どっちにしても余計なお世話でしょ。ほら、周りも散った散った!自分のとこ掃除しろ!」 まるで犬を追い払うような仕草に集まっていた人たちも興味を失くしたように離れていく。 ほんと、良い友達持ったなー。竹箒を握り締めながら一人頷く。 「あ!」 「今度は何?」 「アイツだよアイツ!の彼氏っ!」 「え?」 「アンタ話聞いてた?」 呆れたような声を聞きながら加藤くんが指差した方へ視線を移す。 門の外からひょこっと顔を覗かせた見慣れた姿にぱちりぱちりと睫毛が二回上下した。 「結人…?」 「お、ラッキー。みっけ」 「なにしてるの?」 「お前外掃除かよ、寒ぃのにカッワイソー。てかメール見た?」 「先に質問したのはあたしなんだけど…。メールは見てない」 「んだよ、見ろよな」 「鞄の中だもん、無茶言わないで」 箒を持ったまま結人に駆け寄って、相変わらずマイペースな結人に苦笑い。 ついでに言えば後ろで何か騒いでいる加藤くん+αの声には聞こえないふり。 「ま、いーや。今日何か予定ある?」 「特にないけど…」 「うし、んじゃちょっと付き合って」 「良いよ。じゃあ近くのコンビニとかで待っ、」 「なあ!連れてって良い?」 「…え?」 「良いぜ!」 「はい?」 勝手に何を言ってるのかな結人くん。そして何で勝手に答えてるのかな加藤くん。 戸惑うあたしなんてお構いなしに手を引く結人に慌てて待ったを掛ける。 あたしまだ掃除中だし、この後SHRがあるから鞄だって教室だ。それと箒も持ったまま! 「ごめんなー、これ片付けといてやって。鞄は?は、教室?じゃあ三秒で取って来い」 「はいはいストーップ、俺に任せろ」 「んじゃ任せた」 「よしきた!……あ、もしもし郭?お前教室掃除だったよな?」 「え、」 「悪いんだけどの鞄投げてくんね?…そ、窓の外。真下に俺いるから」 「待って加藤くん…!」 「それがさー、の彼氏が迎えに来てんの。今からデートだってよ」 なにしてくれてるのこのひと……!? 言葉にならないあたしを余所に加藤くんは良い仕事をしたとばかりにこれまた良い笑顔で親指を立てた。 二階の窓から見慣れた顔が覗く頃には加藤くんは校舎に駆け寄り上を見上げていて、あたしも慌てて後を追う。 「サンキュー郭!ってどこ落としてんだよ…!」 危ねぇなーとギリギリでキャッチした加藤くんが笑う。 ……ありがとう加藤くん。そのままアスファルトに落下していたらあたしの携帯が死んでたかもしれない。 お弁当箱とかも無事だと良いけど…壊れやすい物って後なにかあったっけ? (てか英士、わざと落とす位置外したよね?)(一瞬睨まれた気がした) 「ほい、鞄。センセーには適当に言っといてやるから楽しんで来いよ」 「ありがとう。…でもね、結人は彼氏じゃなくてただの友達だから」 「まったまたー」 「ー」 「ほら彼氏呼んでんぞ」 「だから違うんだって、」 「ー!」 「…、今行くー!……ごめんね掃除の途中なのに」 「大丈夫、もう終わるから気にしないで」 「加藤の馬鹿は何とかしとくから早く行ってあげな」 「うん、ありがとう」 後ろ髪を引かれつつも後のことを任せて門の外で待つ結人のもとへ。 彼氏だと勘違いされたことを伝えれば「挨拶した方が良い?」なんて笑うから、取り敢えず鞄で叩いておいた。 (…明日学校来たくないなー)(教室の窓から顔を出したのは一人じゃなかったし) |