あぁそうか、こいつはあたしを殺す気なんだ。 冷え切った紅茶を喉に流し込んで、かちゃりとカップをソーサーに戻す。 悲しい とか、そういう当たり前の感情を抱く前に納得してしまったものだから、それ以上なにも考えられなかった。 突きつけられた黒い筒は、黙ったままあたしを見つめる。 「笠井、本気?」 止めようなんて思っちゃいない。止めたところで無駄だと知っているから。 物腰柔らかな猫目の少年(という歳でもないか)は、あたしの問いに少しだけ目を細めた。 綺麗な男だと思う。初対面の時から思ってた。 「先輩には感謝してます。俺がここまで来れたのはあなたのお陰と言っても過言ではない」 「その感謝をもっと他の形で示して欲しかったよ」 「すみません」 「その謝罪もね」 我が人生に悔いなし!なんて嘘でも言えないけど、別にここで終わりならそれはそれで良いとも思う。 今となっては遠い過去だけど、手塩にかけて育てた後輩にやられるんだ。後のことは全部こいつに丸投げしよう。 このタイミングで殺される理由に心当たりはないが、きっとあたしの知らないところであたしが何かやらかしただけのこと。 よくある話だ。小さなミスが命取り。あぁでも神様、なにもこんな役を将来有望な少年にやらせなくてもいいのに。 「痛いのは嫌だから一発でお願いね」 「良いんですか?」 「勿論。くれぐれもサドッ気を発揮しないように」 にやりと笑う。両手でしっかりグリップを握り直した猫目の少年が小さく微笑み返してくれた。 かちゃり、無機質な音を最後に目を閉じる。微かに香る火薬の匂いに、あ、死んだな。そのまま考えることを放棄した。 * 「ちょっと本気で死んだと思ったよ」 「信じてくれてなかったんですか?」 「怒んないでよ。あまりに迫真の演技だったからうっかりね、うっかり」 心外だと言わんばかりに眉を寄せる少年に軽い謝罪を告げれば溜息で返された。 可笑しいな、あたしのが先輩な筈なんだけど。抜かすのは身長だけにしてもらいたい。 「…ま、あれで先輩は死にましたけどね」 「悪いことはするもんじゃないねー。つっても、いつだってあたしはあたしにとって正しい行動をとってたけど」 「世間一般的には正しくない行動だったんですよ」 「そりゃそーだ。じゃなかったら殺されるわけがない」 「その教訓を胸にこれからは新しい人生を歩んでください。全うな、ね」 「あたしだって好きであんなことしてたわけじゃないやい」 「矛盾してません?」 「知ってる。でもあたし悪くないもん」 「それ、先輩を殺すために俺たちがどれだけ金と労力を使ったかわかって言ってます?」 「とーぜん」 「……椎名と郭あたりにこってり絞られてください」 「なにその最強タッグ。泣いちゃうよ?」 懐かしい記憶から可愛い顔の男と綺麗な顔の男を引っ張り出して眉を寄せる。 隣でハンドルを握っている少年は、そんなあたしを横目で見て楽しそうに口角を上げた。 ちょっと見ないうちに随分と良い性格になったもんだ。誰の影響だ? 候補として挙がる黒髪と金髪の男を記憶から引っ張り出して、後で締めようと心に決めた。 「そういえばあたし無職なんだけど。ついでに言えば家も金も過去も名前も失ったんだけど」 「仕事なら山ほどありますから安心してください。住居についても保証します。過去なんてこれからいくらでもできるでしょう」 「ふうん。名前は?」 「…、なんてどうですか?」 「?…もしかして名字は?」 「えぇ。俺の初恋の人の名前です。少し前に死にましたけど」 「それはそれは……でもま、良い名前じゃん」 「気に入りましたか?」 「勿論」 「それじゃ、決まりですね。改めてよろしくお願いします、さん」 耳に馴染む名前だ。思わずにやりと微笑んで窓の外を見る。 猫目の少年は返事をしないあたしに特になにを言うわけでもなく、青に変わった信号に従って車を発進させた。 ほんの少し開けた窓から風が通り抜ける。流れ行く景色の一つ一つが今までのあたしのよう。 死ぬっていうのは、案外良いものかもしれないな。 シートに深く身体を預けて目を閉じる。次に目を開けた時は、新しいあたしの始まりだ。 「ちょっとさん、助手席で寝るとか喧嘩売ってるんですか?」 「着いたら起こして」 「俺の話聞いてませんよね?」 「聞いてる聞いてる」 心地良い揺れと小言が子守唄に変わる。 あぁこいつ運転上手いな。誰が教えたんだっけ? はたと考えて、それは多分ちょっと前に死んだこいつの初恋相手だという答えに行き着く。 そういえば、無駄に喧しい犬どもとか、世話好きで口煩い小姑みたいなやつらとか、言葉の節々が妙に鼻につくあいつらに この世界を上手に渡り歩く為に必要なあれこれを叩き込んだのは他でもないあたしだったっけ。 ……あぁ違う、あたしじゃなくてちょっと前に死んだ彼女ね。 大層美人だったに違いない。なんてったって笠井が惚れる女だもの。 きっと遠くない未来で見覚えのあるやつらから熱烈な歓迎を受けることになる。それまで体力温存だ。 スキンシップの激しいやつらが多かったからうっかり倒れないように気をつけないと。 沈みゆく意識の中でそんなクダラナイことを思いながら、今度こそ本当に全てを放棄した。 夢葬された亡骸
「初めまして、です。どうぞよろしく」 -------------------------------------------- 唐突にパラレルなわけですが、要するに笠井くんに先輩って呼ばれたいよねって話です(笑) この笠井くんは年齢的に少年じゃないけど、笠井くんはいつまでも少年のイメージ。 +++ 「ウイズム」の秋夢さん主催企画サイト「44's LoveStory 2009」に提出させていただいたお話です。 |