夏の雨は全てを浚う。



幼馴染




しとしと、しとと、
傘の上を踊る雨粒。くるりくるりと踊る傘。

「待たせてごめんね。行こっか?」

雨にも負けない眩しい笑顔。夏に映える、向日葵みたい。
あたしにとって一馬は夏だ。
真夏の陽射しを浴びてボールを追いかける幼い一馬。

「あたし料理得意じゃないからいっぱい迷惑掛けちゃうかも…先に謝っとくね」

一馬は夏生まれだ。もうすぐ十八回目の誕生日。
小さい頃からお互いの誕生日は一緒にケーキを食べるのが当たり前になっていて、
いつからか一馬の誕生日にあたしがケーキを作るのも当たり前になってて、
でも今年からはその当たり前を崩そうと思うの。(おめでとうは言うけれど)

ちゃんに指導してもらえばちょっとは一馬好みの味に近づけるかなー」

少しは寂しいって思ってくれるかな。物足りなさを感じてくれるかなあ。
当たり前は少しずつ崩れていっても、あたしと一馬が幼馴染なのはずっと変わらない。

「やっぱり一馬のこと一番わかるのはちゃんだしさ」

しとしと、しとと、
傘の上を踊る雨粒。くるりくるりと踊る傘。

「大丈夫。一馬はちゃんのことが大好きだもん」

だからね、ちゃんがくれるものは一馬にとって一番なんだよ。
素直じゃないし照れ屋だから上手く言えないだけで、ほんとはいつも嬉しいんだよ。
ちゃんにキツイことを言っちゃうのもね、大好きだからなんだよ。

やさしく甘いだけは恋じゃない。もっとを望むのはその先も一緒にいたいから。

一馬があたしに優しいのは、一馬にとってあたしが大切な守るべき対象の幼馴染だから。
恋人に対する感情とは違うの。一緒にいたいんじゃなくて、一緒にいるのが当たり前なの。
でもその当たり前はね、それ以上でもそれ以下でもないんだよ。
(良くも悪くも空気みたい)(距離感が変わってもすぐに馴染める)

「あたしがわかるのは幼馴染の一馬だけ。恋人の顔した一馬なんて全然わかんないよ」

そしてきっと、あたしの前で見せるのはこれからもずっと幼馴染の顔だけなんだ。
きっとずっと、ちゃんの方が知ってるんだよ。知っていくんだよ。


しとしと、しとと、


「……ほんとはずっと複雑だったんだ。一馬とちゃん、二人でいるのが当たり前だったから」
「…うん。あたしもね、ちゃんと付き合うって聞いたとき、すっごく複雑だった」
「好きだった?」
「おぉ、直球だねー」
「ごめん、よく言われる」
「そっか。―過去形じゃなくて、今も好き。でも、あたしの好きはちゃんの好きとは似てるけど全然違うよ」
「恋愛感情じゃないの?」
「うん。ちょっと前までは恋だと思ってたけど、違ったみたい」
「…あたしに気を遣ってるわけじゃないんだよね?」
「勿論。ライバルにお菓子作りを教えるほどお人好しじゃありません」
「そっか、良かった。ちゃんがライバルだったらあたしもう勝ち目ないし」
「いやいや、勝ち目も何もちゃんのが勝ってるからね?だって彼女なわけだし」
「今はね。一馬ってちゃんのこと大好きだし、ちゃんが一馬のこと恋愛対象で見てたらこの先どう転ぶかわかんないでしょー」
「あたしに転がる心配はなくなったね」
「うん、ちゃんだけは嫌」
「……どうして?」
「だって他の人だったらその子のこと好きになったなら仕方ないなって思えるけど、ちゃんだったら気づいてなかっただけでほんとはずっと好きだったんだなって思っちゃうもん」
「…」
「しかもあたしと付き合ったからほんとの気持ちに気づいたってパターンでしょ?どんなピエロよ」
「……成程」
「もし一馬に告白されてもびしっと振ってやってね!」
「ないと思うけど…。てかちゃんが他の人を好きになる可能性はないの?」
「んー今のところないかな。それに一馬のことは人として好きだから、いつか別れたとしても友達としては付き合ってたいな…難しいかなー?」
「物凄い修羅場が原因で別れる、とかじゃない限り大丈夫だと思うよ」
ちゃんが言うなら安心」
「そう?てかさ、練習とはいえこれから誕生日用のケーキ作るのにこんな話してるのって変じゃない?」
「確かに!一馬には絶対言えないね」
「拗ねちゃうもんね」

こんな風にちゃんと二人で会うのも話すのも初めてだけど、話せて良かった。
花が咲くように笑う人。焦げるような陽射しの下でもじりじりと焼けることなく、溶けることもなく真っ直ぐ立っていられる人。
あたしだったらすぐにぐちゃぐちゃになっちゃうなあ。夏の陽射しを一身に受けるには、それに負けないくらい眩しい人じゃないと。


「一馬の幼馴染がちゃんで良かった」


それはこっちの台詞だよ。
一馬が好きになったのがあなたで良かった。キッカケをくれたのが、飾らない人で良かった。
…これでほんとに終われたかな?勘違いの恋心にも、一欠片の真実はあったから。
(スパルタ指導するからね!)(顔を見合わせて笑った)